# 02
十月下旬、宮城県代表決定戦にて見事勝利を収めた烏野高校。昨年の今頃も練習試合を多く組んだり、春高までの短期間でチームの実力アップに余念がなかった時期だ。影山は今年もユースに参加する事になっているので、こんな中途半端な時期に兵庫くだりまでくる意味が分からず部員はみな疑問に首を傾げた。分かっているのは監督やなぜか角名だけらしい。見慣れない体育館に橙色の少年は興味深そうにきょろきょろと周囲を見渡して隣の影山に頭を押さえ付けられていた。
「えらい遠いとこからよう来たな」
先に復活した治が二人に話しかけると、日向は一瞬「どっちだ?」という顔をしたが「宮治さん」と確認するように呟いて改めて宜しくお願いしますと頭を下げた。
「せっかくの修学旅行中に悪いね、大丈夫だった?」
「はいっ、あ、いいえ! 大丈夫です! 旅行中あんまり練習できないと思って不安だったんですけど、スナさんのおかげです」
へへと外の寒風のせいか嬉しさ故か頬を赤くした日向が治の後ろから顔を出した角名に向かって礼を言う。どういうことや、と治と銀島が角名に目を向けたが当人が口を開く前に監督に集合をかけられて、仕方なしに疑問はいったん横に置いておくことになる。
既にジャージに着替えていた日向と影山の二人は呼ばれて並び立つ部員達の正面、黒須監督の隣に並んだ。影山はいつもと特に変わらない表情だが、日向は緊張の為か少し強ばっている。それか丁度正面に立つ侑の顔にビビっているだけかもしれない。
「えー、知っとる奴が大半や思うが、宮城県の烏野高校から来た影山君と日向君や。昨年うちが負けたとこやな。そこ、睨むなガラ悪いねん、やめえ。こちらさんもめでたく春高出場決まったそうや拍手」
戸惑っている部員たちからまばらな拍手が送られる。
「修学旅行中で京都、に来とってんな? まあ因縁の相手やし嫌や思うかもしれんが、今日明日一緒に練習するんや、お互い盗めるとこ盗んでこう」
「…監督、あの」
「気になるよな、わかる。だが後は角名に訊け。よーしじゃあ午後練習開始」
ばっさり質問を打ち切った監督はメンバーをコートに集めると早々に練習を開始する。影山と日向はコーチに声を掛けられてアップから始めるようだ。
「角名、どういうことや。お前烏野と連絡とってたんか」
後ろに並んだ銀島が肘をつつくと「まあ正解」と含み笑いをして目を細める。後から、と一言告げると弧を描くボールめがけて助走に踏み出した。トスを上げる侑の表情はなんとか平素通りを保とうとしているようで、しかし視線がネットの向こう側へ時折走るのを周りの部員たちは気付いてしまう。
何周か終わったころ、烏野二人のアップも済んだようでいよいよ練習に加わるのか、と緊張が走る。しかし、
「ボール拾い入りまーす」
日向の予想外の発言が聞こえた途端、体育館の空気にビキリと罅が入ったような気がした。先程からそわついた雰囲気の侑に一度声を掛けようとした治も動きを止める。
「俺、スパイク練習混ざってもいいすか。打つ方で良いんで」
影山の発言に黒須監督が反応し、セッターで入るか否かで話をしているうちに日向がネットを挟んだ対面コートに入って、周囲の部員に軽く挨拶をしている。角名は侑がゆっくりと笑顔を作るのを見た。
「翔陽くん!」
「ハイっ!」
「入り」
手招きと笑顔。しかし張り付けたような笑顔。日向は返事をしたものの、思い出されたのは昨年の試合前に見せたあの顔だ。警戒心と共に少し身を低くする。隣にいた稲荷崎の部員が「行ったほうええよ」と促して躊躇いつつようやくネットのこちら側へ駆け寄ってきた。
「あんまシュミレーションされても困るしなあ?」
「「!」」
近くを通った日向と影山にわざとらしく笑顔を向けると(昨年の事を思えばそれが作り笑顔だとわかるだろう)、二人は肩を震わせて顔を見合わせた。どうも試合外の駆け引きは苦手なようだ。
間近であのスパイクが見れる機会は早々やってこない。セッターの位置に立った影山は先に立っていたセッターから引き継ぐと、並んでいた稲荷崎の選手へトスを上げる。日向はスパイク待機列の一番後ろに並んだ。前に立つ部員と二、三言交わすとすぐに親し気に笑う様はさすがと感心もするが、危なっかしさも感じさせる。様子を観察していた角名と視線がかち合い、ひらりと手を振ると日向は控えめに軽く頭を下げた。二人のその姿を見たことでまた部員に声をかけられたのか、話をしては否定するようにパタパタ体の前で手を振っていた。
「次」
スパイクが決まっていく中で、侑に負けず劣らずの正確性を見せる影山のトスにも関心は集まる。当然今までトスを上げたことのない稲荷崎の部員相手だからこそ常に一定に正確に上げ続ける。侑は周りの部員の反応も確認しながらその時を待っていた。
「次」
ボール出しをしていたコーチの手が止まったことで、侑は後ろを振り返った。ネットの向こう側からボールが投げ込まれる。柔らかく跳ね上がるボール。美しい放物線を描いたボールは影山の手に吸い込まれて、再び舞い上がる。
床を揺らすような、若しくは侑の心臓が直接揺らされたような、高く高く跳ねるその姿から目を離すことが出来なかった。