# 03


稲荷崎は週の初めから強化合宿と銘打って学校に宿泊していた。いつもならば合宿所を使用するのに変だと思った、と述べたのは烏野登場ショックから一応立ち直った侑だ。そもそも合宿所は補修工事が入るからと監督から予め伝えられていた事実は横に置いておくらしい。
「なんやあのジャンプ、今年の春高より高なってないか?」
 教室の床に布団を敷いて円座を組んでいるのは、銀島、角名、侑に加えて日向と影山だ。学年的には二年の教室に合流する方がいいかと思われたが、三年生の方が顔見知りなのでこちらに寝ることになった。他の数人の部員は教室内で銘々に過ごしている。治は小腹がすいたと学校を抜け出して近くのコンビニに向かったようだ。
 銀島の発言に少し得意げな顔をする影山と相好を崩して「アザスッ」と喜ぶ日向。日向の隣に座った角名に向けて侑からの視線が先程から刺さっているのは気づかないふりをしている。
「他のふたりは別日出発なんだっけ。残念だったね、一緒に来れなくて」
「あっち進学クラスなんで仕方ないです。あ、でもスナさん月島と」
「春高でリベンジするからいいよ」
その年一月の春高を思い出しては、角名は月島へのリベンジを画策していた。薄く笑う角名に影山は警戒して少し体を引いたが、日向は「負けません!」と拳を作って力強く宣言した。
 二人の慣れた様子を見て侑が今にも歯ぎしりをしそうな気配を感じ、銀島は横目で様子を伺う。歯ぎしりまではいかないが眉間の皺は相当なものだ。気にならばサッサと訊けばいいのに。
「なあ角名はなんで日向と仲ええの。今回のやつも知っとったし」
 普段ならズカズカ発言する侑がおし黙っているので仕方なしに銀島が訊く。「よく訊いた!」みたいな視線を向けてくるのはやめてほしい。
「メールしてるから。ね」
「たまに電話もしてます! あっ、でも練習内容とかは話してないですよ。大丈夫です」
「当たり前だろ」
 影山が日向の頭を小突くが力が入っていない。軽く舟をこぐ様子から案の定眠かったらしく、ただの雑談ならば付き合う必要はないとばかりに「お先します」と言って布団に潜り込んでしまった。
「え、早。健康優良児やん」
「あ! 影山、明日の朝のランニングだめだぞ。俺らじゃ迷子なるから!」
電気が眩しいのか頭まで毛布の下に潜り込んでいる影山に向かって慌てて日向が言うが、もごもごと聞こえる返事は不明瞭でちゃんと通じたかは不明だ。
「なに、前科あり?」
 角名が訊くと「縁下さんに怒られる…」と返事になっていない返答が返ってくる。大丈夫でしょ、楽観的な言葉と共にその頭に手を左右に数度往復させた。日向は撫でられ慣れているのか目を細めて擽ったそうに肩をすくめるだけで抵抗する様子はない。
「なんで」
ぽろ、と口から零れた言葉に驚いたのは侑自身でハッとすると一度咳払いしてから意識的に背筋を伸ばす。日向の視線が侑の方へ向くと自然に二人の視線も侑へ向いた。
「それにしてもIHは残念やったわ。まさか来んと思わんし」
 なんで。銀島は思わず額に手を当て首を振り、角名は不自然に頬が膨らんでいる。恐らく笑いをこらえるためだ。漸くまともに口を開いたと思えば、まさかの喧嘩腰に呆れと笑いが同時襲来してくる。
「すみ…あ、いえっ来ました! 春高出ます」
「出ぇへんのにココにおったらどついとるとこやで」
日向は謝ろうとしてすぐに切り替えたが、侑の怒りはそれなりらしい。顔は笑っているが目が笑っていない事に日向も気が付いているだろう。角名は烏野が予選で負けたことを知った時の様子を思い出して、口元が見えないようにさり気なく腕で隠す。
丁度その時、廊下へと続く扉ががらりと開いて冷気が一気に流れ込んできた。何人か悲鳴を上げて毛布を自分の身体へと引き上げている。
「他校の後輩脅すのやめろや、みっともないで」
「脅しとらんし! 人聞き悪いこと言うな!」
 コンビニから戻ってきた治が侑の背中を軽く蹴ってから空いたスペースに座る。ぐるりと周りを見渡した治が視線を落として布団で上下する山を作っている影山を発見し「早」と一言呟いた。
「ほい、監督から」
「え、わ、あざす! 監督さんには明日お礼言います!」
「うん」
「え、俺らには」
「ない。外出許可取りに行ったら日向と影山になんか買うたれいうて金渡されたんや、300円」
「遠足か。日向ひと口ちょうだい」
治が影山の枕もとにプリンを供える隙に角名が日向にねだっている。これは完全に面白がってるなと銀島が呆れる脇で、まんまと挑発に乗った侑が震えていた。
「普段俺ら生意気やから癒し求めてるんやなあ、監督。大変や」
「ひとごと」
「みずみずしさが感じられる素晴らしい選手って言うてたな。俺らが萎びとるみたいな言い草や」
「モンドセ「ボジョレーだね」わざと! わざとやからボケ殺さんでくれぇ…あかん、寝る…」
「だから銀にボケは無理っていったじゃん。安らかに眠れ」
合掌すなぁ…と言いながら銀島はもぞもぞと布団の中に潜り込んでいく。気が付けば周りもちらほらと休み始めているようだ。主将である侑が消灯を促すべきなのだが、目の前におにぎりを食んでる兄弟と、小さなスプーンでプリンを角名に食べさせている日向が
「っておい、何しとんねん」
ぱく、とスプーンを口に含んだ角名は侑の制止を無視してプリンを嚥下した。美味しい、よかったです、と会話している内に日向は自分の口にプリンを運んでいる。
「日向、侑も食べたいって」
「あっ、食べ「いらんし」…そうですか」
シュンとする日向とコイツアホやと冷めた視線を向ける治と角名、顔面を両手で押さえている侑。地獄絵図。こころなしプリンを食べる手が遅くなった日向に向けて、治が個包装のチョコを放る。
「うまいもん食うのに暗い顔しとったらあかん。こんアホのことはほっとき」
だれがあほや、と抵抗する声が弱弱しい。チラチラと日向が侑を気にしているので、治と角名はつらつらとバレーのことから学校関係のことなど話題を振ってカバーしている。意識しすぎも考えもんやな、と治は初めて見る侑の様子に隠れて小さく溜息を吐いた。
空になった容器をゴミ箱に捨てる頃には日向もあくびを零すようになってきた。歯磨きしてきます、とふにゃりとした声で立ち上がり教室を出ていく背中を見送る。
「で、なんで翔陽くんと仲ええの」
当人がいなくなったことで漸くまともに口を開いた侑が早口で角名に詰め寄ってきた。さっきまで日向と禄に目も合わせられなかったくせにきっしょと呟いて眉間に皺を寄せる。
「角名が辛辣やと心にくるからやめぇや…てかほんまになんで? 接点ないやろ? 春高以外どこで会うた?」
「会ってないよ。春高以来」
つまるところ、一月の春高バレーの会場で角名は日向と連絡先を交換していたことになる。
「珍しいこともあるもんやな、角名から行ったん? 日向は先輩にガーッと来るタイプでもなさそうやし」
基本的に先輩への礼儀を忘れないタイプらしい日向との会話は好印象だったらしい。治はゴミをまとめた袋の口を縛って膝の上に抱えている。
「侑が興味持ってる感じだったから。これ後から連絡先聞いとけば良かったって暴れるやつだなと思って」
「暴れとったな」
「暴れてた」
「いやいやいやいやいやいや待って待って、連絡先教えてもろてないですけど?」
「IHで訊くって気合入ってたからやる気削いだら悪いし」
「IH来ませんでしたけど?」
「あん時の侑の落ち込みっぷり面白かった」
動画残ってるよ、見る? と角名がしれっと言う。見るかと訊くわりにスマホを取り出す様子はない。
「でも日向も落ち込んでたし、そんなとこに侑から罵倒メールとか届いたら可哀想でしょ」
「罵倒前提」
「せんし…ちゃんと慰め「無理」
「自分、人格ポンコツっぷり自覚したほうええで。十中八九罵倒しか送らへん」
「今年も梟谷グループの合宿あるので頑張ります、ってメールきたから合宿いいなって思って。その前に修学旅行先京都って聞いてたからうまい事いけばできるじゃんって。まあ学校側の許可下りるか微妙だったけど」
「つうかよう修学旅行参加したな。このコンビバレー一番って感じやん」
「影山は時期が時期だし修学旅行自体来ない気だったらしくて日向が相談してきたんだよね。日向は両方楽しみなタイプ」
「ああ、っぽいなあ」
「で、誕生日サプライズ」
「ひと月たっとるけどな」
「……いや、なんかええ方向に持ってってるけど十カ月翔陽くんひとり占めした事実は変わらん」
「チャンスを活かせない侑には言われたくないなあ」
グッと息を詰まらせて呻き声を上げる侑はゆっくり布団に沈んでいく。
「俺も歯ぁ磨いてくる」
「俺も」
夜食組が立ち上がろうとしたところで、足元の屍から素早く手が伸びガッシリと二人の足首を掴んだ。ゾンビまがいの呻き声に布団に押し付けられた顔面からモグモグと何か言っている。はあ?と二人が冷めた声を出すと徐に顔を上げた。
「三十分時間くれ」
「長い。十分や、じゅっぷん」
俺も眠いねん、と治が言うと侑はガバリと起き上がり、割かし静かに教室の扉を開くと廊下を疾走していった。
「泣かしそう」
「ほんなら殴るわ」
「お前らのガチ喧嘩見ても泣かしそう」
布団の上に座りなおした二人が笑い合い「じゃあ北さんに報告しよ」と言ったところで今後の方針は決まった。