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ブラジルから帰国して、強化合宿に参加し始めてから何回目かの休み。
休みの日とはいえ、毎朝のルーティーンはかかさず行うと決めていた日向は、いつものように目覚ましが鳴る1分前に目を覚まし、一度も時間通りに鳴ったことのない目覚ましアプリを止めた。
大きな欠伸を一つ。起き上がろうとして、ふと隣に眠る人を見遣る。
寝息すら静か、真上を向いたまま寝相の一つすらない。初めて見た時は息をしているのか思わず鼻の近くに手を当てて確認したほどだ。
「ふぁ……あれ、首元苦しいな……」
先ほどより大きくはない欠伸を噛みながら、くいっと引っ張り、着ているTシャツを見下ろして、寝る前には気づかなかったあることに気づいた。
「後ろ前逆じゃん! もー……」
頭を抜き、腕を抜き、Tシャツの前後を直す。
相手が体を冷やすなと着せてくれたから、文句はない。たまにこういう抜けたところがあるのも、年上という点からも見た目の点からもギャップがあっていい、とまだ眠る無防備な笑顔を見て日向の口角があがっていく。
互いに海外にいたせいもあって、日向と牛島がこうして長い時間一緒にいるのは久しぶりだ。さすがに合宿が始まった頃は互いに環境と体を合わせる調整の時間をとっていたが、ようやく体が整った。とすれば休日の時間は自然と恋人とのために使いたくなる。
練習終わりに飲み会が催され、適度にお酒も入った中、さりげなく二人で帰り道を歩き、さりげなく話し足りないからという理由で同じ部屋に入るのをチームメンバーに見せ、ドアが閉まった瞬間、先に入っていた牛島にドアの横の壁に押しつけられた。
お酒を飲んでじんわり目尻が赤くなった顔がゆっくり降りてくるのを待ちきれずに首に腕を回して引き寄せ口付けを交わす。
そこからはもう貪る、という言葉が相応しかった。
ベッドで風呂場で、自分たちの体力をこんなところで発揮するとは思いもしなかった。後半に至っては先に日向がバテてしまったが、5回はさすがにやりすぎだろう。
Tシャツの前後を直し、昨夜のことを思い出して、若干の腰の痛みと下半身の違和感に小さな唸り声を上げると、胡座をかいていた太ももに手が置かれた。
「起きていたのか?」
「このくらいの時間にはいつも起きるんで。起こしちゃいました?」
いいや、と首を横に振った牛島が起き上がるかと思っていたが、まだ天井を見つめたまま動こうとはしなかった。
合宿が始まってすぐあたりに、チームメンバー内で普段やっているトレーニングの話をしたことがある。それぞれ自分に合ったものをこなすことから他人と全く同じにはならない。だからこそ、他人が普段何のためにどんなトレーニングをこなしているのか気になる。
牛島は朝はランニングとストレッチ中心と言っていた。
起きたのなら、このままそれぞれの朝のルーティーンをこなそうという流れになるかと思っていた日向だったが、太ももに置かれた手が退く気配はない。そして、牛島が起きる気配もない。
「…………」
「牛島さん?」
少し体を屈めて伸ばし、牛島の顔を覗き込んでみる。寝ているようではないが天井を見つめたまま何かを考えたいる様子だった。
こういう時は声をかけずに待つのが一番だと、体を戻し視界に入る牛島の右手を取り、遊びながら待つ。
だが、遊びの時間はすぐに終わってしまった。
日向の手によって柔らかさや指の大きさを確認されていた右手が意思を持って動く。それを自然と日向の目が追うと、腰を掴み、ぐっと引き寄せられる。
「え? な、なに? なんスか?」
されるがままではいたが、思わず声を上げる日向に、今度は牛島が動いた。
天井に向けられていた体が日向の方へと向き、そのまま近づいていく。
胡座の上に頭を乗せ、左手と右手が背中に回り、それぞれの手首を掴んでいるようで身動き一つとれなくなってしまっていた。
もう少し奥に頭を置かれていたら間違いなく反応してしまうところだったと日向は内心焦りながら、今の自分の状況が掴めずにいた。
こんな甘えるようなことをするなんて誰が思うだろうか。恋人の自分でさえ、今初めて見たというのに!
意識し始めると途端動きを見せる心臓を恨めしく思いながら相手が喋るまで待つ。
「……もう少し」
「え?」
「まだここにいてくれ」
頭の置く位置を悩んでいたのだろう、何度か場所を彷徨いながらようやく太ももという安定した位置を見つけたのかそこに頭を預け、日向を見上げそう言った。
がっしりホールドされた挙句、上目遣いという恐ろしくレアな状況と、これからの人生で後何度聞けるかわからない言葉に日向の方が言葉をなくした。
そんな日向に気づいたのだろう、牛島がふっと笑った。
「そんなにおかしなことを言ったか?」
「お、おかしくはないですけど……ふっ、まさか、牛島さんからそんな言葉を聞けるなんて思わなかったです」
ちょっとびっくりしました、と付け加えると口元に笑みを残した牛島が目を閉じた。
寝ているわけではないがこの十年に一度訪れるかわからない牛島の甘えてくる姿を愛しいと思わないはずがない。
日向は唯一動かせる手で髪をすくように撫でた。
さっきまで早鐘を打っていた心臓は、この穏やかな時間のように静かに鼓動を刻んでいた。