大平と日向
ピー、と甲高いホイッスルの音と自分のいるコートに腕を真っすぐに伸ばす主審を見て、日向はガッツポーズを取る。
「っしゃあー!」
「よくやった」
「さすが、うちの囮だね」
日向によってブロックが分散されてしまい、大平が打ったスパイクが相手ブロックに当たりながらも、点数へと繋がったのだ。
ボールが拾われ、ラリーが続いたために誰もが必死に食らいついたおかげで、チームの点数に繋がったのだから喜ぶのも当然だろう。
日向はローテーションにより、センターに移動しようとしたが、ワイピングスタッフがやって来て、汗で濡れているコートを拭き始めたため、短い一時中断が起こった。
だが、これは仕方ない事であって、大切な事でもある。
動き回れば当然体の代謝が良くなり、汗が噴き出して重力に従って床に落ちる。
だが、ワックスがかけられた体育館内のコートは、水気があれば当然滑りやすくなる。
それが、選手の汗であってもだ。
うっかり踏んで滑って頭を打てば、試合どころかたちまち病院送りとなってしまう。
しかも試合が進むにつれて、汗が噴き出し、落ちる回数も増える。
特にスパイクを打つため、助走するのだから、あまりに危険が増えていく。
それを回避させるための、いわゆる床拭きという事だ。
だが、選手とて試合中なため、いちいち休憩は取れないし、タイムアウトも回数が決められている。
それを補うため、選手がタオルをユニフォームの短パンに挟んでいた。
もちろん日向達だけでなく、相手チームも同じように、短パンに挟んだフェイスタオルやハンドタオルで、手や腕、顔の汗を軽く拭く。
選手達全員ではないが、何人かは背面側の腰にタオルを挟んでいた。
それは、汗を落とすのを未然に防ぐためと、床に落ちた汗を拭くためのものだ。
手に汗がつけば、当然ボールに触れた際に滑る事もあるため、拭く事を許されている。
頻繁にできないが、こうしたワイピングされている時のわずかな時間を利用して、拭く事が多い。
大半がユニフォームの袖だったり、襟で拭く者もいるが、すぐに乾かない。
それを補うのが、タオルである。
ちなみにタオルは大会側から支給される事もあるが、個人が持参したタオルが多く、あまり派手でないシンプルな物を使用する学校がほとんどだ。
インターハイ本選に何度と行った日向のいる白鳥沢もまた、例外ではなくてタオルを腰に挟んでいた。
何人かが白のタオルを挟んでいる中で、日向はクリーム色に白いヒヨコのシルエットが入ったタオルだった。
「あちー、ラリーが続いたから汗が吹き出るな」
「山形さん、使ってください」
「サンキュ」
白布は腰にあるタオルを抜いて、山形に手渡す。
ワイピングが相手コートでもしているのもあり、時間がかかるようで、まだタオルを使う時間があるらしい。
日向も腰からタオルを抜き取り、ザッと腕の汗を拭いていく。
他のチームメイトも貴重な時間で回復するために、体を休めたりとしている中、日向は手の甲で汗を拭う大平を偶然見つける。
「獅音さん」
「どうした?」
「タオル、どうぞ」
「ああ、ありがと」
慌てて日向が声をかけて、タオルを手渡す。
チームメイトがタオルを使っているため、手持ちがなかったのだろう。
素早く簡単に汗や手を拭いた大平は、自分に背を向けている日向に近寄り、畳まれた状態で持っていたタオルを彼の短パンに挟んでから、ぽんと腰を叩く。
「翔陽、ありがと」
「いえ」
頭を撫でてやれば、ちょうどワイピングのスタッフがサイドへとはけていくのが見えた。
今度はこちらがサーブ権が移る。
声をかけて、顔を見渡していた大平は、今はリベロの山形と交替している天童と目が合った。
しかも、その視線はやたらと鋭い。
はて、何かしただろうかと思っていれば、主審のホイッスルが聞こえて一旦意識を試合に変える。
試合が進み、日向が後衛に下がって山形と代わって天童が入る。
「ちょっと獅音くん」
「何だ?」
「翔陽にあんまり触らないでよ」
「はあ?」
「ったく、翔陽も翔陽で、工のタオルを引っ張り出さずに、自分が屈んで顔を拭いてるし…ムカつく」
「…お前な、少しは試合に集中しろよ。疚しい事は終わってから考えろ」
「るさいよ」
ふん、と幼子がするような嫉妬ぶりを見せる天童に呆れて、大平は肩を竦める。
…やれやれ、ちょっと翔陽を構えばすぐに反応するんだから…これだから覚は困るよ…
困ったというわりには、表情に見せない大平だったが、自分だって翔陽はかわいいんだけどなと苦笑して、定位置に戻るのだった。