# 03


部員たちがアップを始めた頃に到着した入畑と溝口に三度目の自己紹介を済ませた日向は、スケッチブックを抱えて練習を見守っていた。


「ふおおおおお、すごい!」
「どうだね、日向君。バレー部の練習を見るのは初めてだったか」
「はい、国見から少し話は聞いてたんですけど。こんなに迫力あるなんて、聞くのと見るのとじゃ全然違いますね」
「ははは、そうか。今日はじっくり見ていくといい」
「ありがとうございます!」


先程日向を温かく迎えてくれた部員たちの雰囲気が、監督とコーチの登場に一気に引き締まるのを感じた。
知らずその緊張が移ってしまっていたようだが、入畑と溝口は『ここが全体を見渡せていいだろう』と笑顔で日向を手招いてくれた。
同じベンチに座らせてもらうなど恐縮だったが、せっかくの申し出だからと隣に陣取る。
スパイクやサーブが決まる度に大きなリアクションを取る日向が新鮮だったのだろう。
入畑と溝口は部員に指示を飛ばす合間に、日向に色んなことを教えてくれた。


「どうだ、スケッチ進んでるか日向」
「溝口さん!それが、練習にくぎ付けになると手が止まっちゃって」
「ふはっ、それじゃダメだろ。でも、お前がバレー楽しそうに見てるのは嬉しいな」


(親父キラースキルも持ち合わせてるのか…)


うりうりと日向の頭を撫でる溝口を見つめて、『最近自分のオッサン化を感じる』と嘆く本人に知れたら失礼なことを部員一同が思う。
しかし、溝口が言ったことは彼らにも思い当たるところがありそっと心の中で同意した。
あの大きな瞳をキラキラと輝かせ自分たちの練習を見つめるものだから、少しでもいいプレーを見せたいといつになく張り切ってしまうのだ。
自分のプレーが少しでもポスターに活かされればいいな、なんてことを考えながら。


「音の迫力もすごいです!」
「あぁ、スパイクとかな」
「コートに決まった瞬間のあのバシッ!って音が体まで伝わってくる感じとか」
「それなら、向こうの及川を見てくるといいぞ。あいつのジャンプサーブは県内でもトップクラスだからな」


あの先輩が?と正直に顔に出す日向ではあったが、溝口が言うのだからと半信半疑で重い腰を上げる。
そうして、及川のサーブを目の当たりにした日向は数分前の考えを覆されることとなった。
嬉々として自分をからかっていた顔とは全く違う、ネット向こうのコートを見つめる真剣な瞳。
立ち位置より前方に高くボールを投げ上げたかと思うと、体を沈み込ませてからの踏み切りで大きくジャンプし振り下ろされる右腕。
掌にボールがあたる小気味いい音が聞こえた次の瞬間には、コートに叩きつけられたボールがバシンと派手な音をたてていた。
素人目にも分かる、他の部員とは一線を画したサーブの威力。
それを10球ともエンドラインぎりぎりに決めた及川が一度手を止めるのを見はからって、日向は思わず彼の元へと駆け出していた。


「すごい、すごいね及川さん!」
「えっ、チビちゃんそんなに興奮してどうしたの!?」
「あのサーブびっくりした!さすが主将って感じ!」


テンション高く及川に詰め寄る日向は『チビちゃん』と呼ばれたことも気にならないらしい。
少ない語彙で何とか今見たサーブの凄さと感動を伝えようと懸命だ。
裏のない日向の心からの賛辞に、流石の及川もタジタジで岩泉は苦笑しながらそんな二人を見つめた。


「お前でもそんな風に褒められたら照れるんだな」
「ちょ、からかわないでよ岩ちゃん!…ちょっとイジワルしちゃった自覚はあるから、こんなに言ってもらえるって思ってなかったし」
「へぇ〜」
「もう、岩ちゃんのくせに生意気!」


普段なら及川が浮かべているだろうニヤッとした笑みで、岩泉は面白いものを見せてもらったと満足気だ。
それに不満もあらわに及川が唇をとがらせていれば、Tシャツを軽く引っ張られる感覚。
目をやれば日向が期待に満ちた瞳で無邪気に見上げているものだから、少したじろいで半歩後ろに下がりどうしたのかと尋ねる。


「もっかい、もう一回だけ見せてくださいサーブ!」
「さっきのジャンプサーブ?」
「はい、近くから見たいです!」
「可愛い後輩のお願いだ、きいてやれよ及川」


先程の笑みを残したまま、ほらよと岩泉がボールを投げてよこす。
ボールを受け取り手の中で回転させれば、サーブを打つ前の動作と認識した日向が少し離れた場所に移動した。
それを合図に、及川はいつもと変わらない一連の流れからボールをコートへと打ち付けた…のだが。


「あ、違う…」


ボールはエンドラインを割りアウトになってしまった。
すると、はじかれたように岩泉が腹をかかえて笑い出す。


「お、お前!日向に見られてるからって緊張してるのかよ。外してんじゃねぇか!」
「ちょっと、うるさいよ岩ちゃん!こっちだって好きでアウトにしたわけじゃないんだからね!」


しまいには人を指差しながら笑う岩泉の背中をバシバシ叩いて、及川は抗議する。
日向も『威力はすごかったですよ!』とフォローするが今更だ。
タイミングよく休憩を知らせるために国見がこちらに声を掛けてきたから、この話題はもうお終いだ!と切り上げベンチに向かう足を早めた。
だが、及川はふと気になったことを思い出し日向を振り返る。


「ねぇチビちゃん。君さ、俺のサーブがコートに落ちる前に『違う』って言ってなかった?決まる前からアウトだって分かってたの?」
「えーっと、アウトになるかどうかは判断出来ないですけど。さっき見てたサーブと腕が振り下ろされる角度が違ってたんで」
「腕の角度の違い?チビちゃん10球ぐらいしか俺のサーブ見てないよね」
「及川さんのフォームきれいだったから覚えました」


また唐突に褒められて頬が熱くなるのを自覚しながらも、日向の言うことに及川は疑問を感じていた。
たった10回で、果たしてそんなつぶさに観察できるものだろうか。
ましてやバレーに関して素人の人間であれば、微妙なフォームの違いなど気付けないだろうに。
だが、そんな心中の疑問は国見によって否定される。


「日向、やたらと記憶力いいんですよ。自分がすごいと思ったものとか、キレイなものとか。教科書は全然覚えられないのにな?」
「うっさい、国見!…人に説明しづらいんですけど、すげぇなって思ったらパッっと目に入ってシュッっとインプットされるっていうか」
「擬音語ばっかでイマイチ把握できねぇけど。とりあえず日向は及川のサーブに感動して、たったあれだけでも覚えられたってことか?」
「そうです。コマ送りみたいな、静止画みたいな感じでそのまま記憶されるんです」
「てことは、及川のフォームは日向のお眼鏡にかなったってことか」
「ヤメテ岩ちゃん…チビちゃんの褒め殺し心臓に悪い…」


そう言って及川は、火照った体を沈めようとドリンクを求めて再びベンチへと急ぐ。
それに続く岩泉の背中を見やると、国見は日向を呼び止めた。
ファンだという女子にどんなに騒がれても、余裕の表情で相手をするあの及川が。
このたった一人の小さな後輩に調子を狂わされているのは見物だが、それをどこか面白くなく感じる自分がいる。


「日向、俺は?俺のプレーは覚えてる?」
「もちろん!国見はプレーに無駄がなくて流れるみたいに動くよな」


当然だ、と言わんばかりに国見についても褒めてくれる日向にこっそり胸を撫で下ろす。
まるで先生に褒められたくて仕方ない子どものようだな、と自嘲気味な苦笑が漏れた。