# 04


「今日は一日ありがとうございました!練習見学させてもらって、すごく楽しかったです。頑張ってポスター完成させます」


部活終わりにそう挨拶した日向は深々とお辞儀するが、今回は嚙むようなことはなかった。
朝と同じように部員一同で取り囲んでいるが、すっかり馴染んでしまったのか緊張した様子は見られない。
部員たちも『お前が見に来てくれて嬉しかったぞ』『格好よく仕上げてくれよ』なんて口々に言葉をかけていた。


「ねぇチビちゃん。その手に持ってるのスケッチブックだよね?どんな風に描いたのか見せてくれない?」
「ええっ!完成品じゃないし、走り描きみたいなもんだから恥ずかしいんですけど…」
「でも協力してあげたんだから、見せてもらう権利あると思うんだけど〜?」


褒め殺しからだいぶ時間も経ち、本来の調子を取り戻したらしい及川からの突然の要求に、今度は日向がたじろぐ。
意趣返しとばかりに日向に詰め寄ると、ほらほらと手を差し出しスケッチブックを渡すように迫る。


「おい、意地悪してやるなよ及川。出来上がってからポスター見せてもらえばいいだろうが」


入畑が窘めるが、及川はそれを素直に聞き入れる性格はしていない。
一歩下がれば一歩詰める、を繰り返している間に日向の背はもう壁についてしまっていた。
顔の側を両腕で囲われてしまえば、もう日向に逃げ場所は無い。
及川を見上げても楽しそうに目を眇めるだけで、許してくれそうにない気配を感じ取る。
はぁ〜と深く一度息を吐くと、観念したように日向は抱えていたスケッチブックを及川の胸に押し付けた。


「恥ずかしいから俺が帰ってから見てください!!」


叫ぶなり脱兎のごとく逃げ出す日向に、及川も驚いたように目をしばたたかせる。
背後には責めるような視線がいくつも突き刺さっていた。


「なになに、そんな顔して。皆だって気になってたでしょ?」
「気になってても、そんな強引にする必要ないだろうが。…国見、コイツも一度見れば満足だろうから明日スケッチブック返してやってくれるか、日向に」
「分かりました」


どうせ見ないと気が済まないに違いない。
及川の性格を熟知している岩泉は、呆れたように及川にスケッチブックを開くように促す。


「ほら、何だかんだ言って岩ちゃんも見たかったんじゃない」
「うっせぇ!これ以上グダグダ言うようなら取り上げるぞ!」
「は〜い」


岩泉の怒声もどこ吹く風の及川が、ゆるい返事をしながらその表紙をめくると…。


「何これ、凄い…」


あの日向が描いたとは思えないような、繊細かつ大胆なスケッチが並んでいた。
最初の数ページは誰かも分からない、シルエットのようなデッサンから始まっていたのだが。
ページが進むうちにデッサンの緻密さが増し、迫力のある絵が続く。
そして、後半は明らかにレギュラーメンバーと思われるシーンが描かれていた。
それを見て、岩泉がポツリと漏らす。


「日向のお眼鏡にかなったヤツらのデッサンってことか。自分が描かれてるっていうのは嬉しいもんだな」


意味が分からず説明を求める面子に国見がかいつまんで話せば、各々が嬉しそうにスケッチブックを見つめる。
ふとそこに、何か走り書きのようなメモを見つけた金田一が指差す。


「これ、日向が書いた感想ですかね?」


どれどれと覗き込んでみると…


・2番(まっつんさん):口がアヒルさん。頭もふりたい。


「『まっつんさん』って何だよ。それに頭もふりたい言われてんぞ」
「言ってくれれば良かったのに」
「いいのかよ、松川」


・3番(マッキーさん):美味しいシュークリーム屋さん教えてもらった。


「完璧及川の呼び方移ってるじゃねぇか」
「ていうか、なに女子力高い話してるんすか」


・4番(岩泉さん):エース!スパイク格好いい!


「岩泉はちゃんと呼ばれてるぞ」
「俺が何かあったら岩泉さん頼れって言い聞かせてたんで」
「主将の俺を差し置いて!?それに格好いいって褒められてるズルい!」
「黙れ及川」


・7番(わたっちさん):頭じょりじょりしたい。


「あれか、日向は人の頭撫でたい病なのか?」
「いつも自分が撫でられる方だからじゃないですかね?」


・12番(金田一):らっきょヘッド。今日はカレーにする。


「後半はもはや金田一の感想でもない」
「夕飯の連想ゲームになってるな」
「髪型に特徴あるのに撫でたいって言われてないぜ」
「そんな哀れんだ目で見ないでくださいよ」


・13番(国見):クラスにいる時とは別人みたいだった。明日は映画。


「は?国見ちゃんてば、明日チビちゃんと映画見に行くの!?」
「月曜日だから、練習休みじゃないですか」
「主将命令で、国見ちゃんだけ明日も自主練!」
「バカタレ」


・監督、溝口さん:バレーのこと教えてもらった。優しい!


「監督と溝口くんも知らない間に株あげてる…」
「お前は誰かれ構わず絡むなよ、ボケ川」


ここにきて、はたと全員が気付く。
これまで背番号順に書かれていたというのに、そもそも1番の及川からスタートしていないことに。


「え、嘘でしょ。俺のこと1枚も描いてくれてないの!?あんなにジャンプサーブ褒めてくれたのに!?」
「及川さんが日向のことからかい過ぎたからじゃないですか」
「だな。ずっと『チビちゃん』って呼んでたし」
「えぇ〜及川さん超ショックなんですけど…」


ガクリとうなだれ落ち込む及川に『自業自得だ』『当然の結果だ』と、慰める者は一人もいない。
しかし、力なくだらりと下ろした及川の腕からスケッチブックが落ちた時に偶然開いたページに、皆が目を奪われた。


「これ、及川さんじゃないですか?」


拾い上げてみれば、裏表紙から十数枚に渡り及川のスケッチが続いていた。


・1番(及川さん):大王様。


「日向にとってはラスボスってことか」


岩泉がそんな軽口を叩くが、それでもスケッチブックから目が離せない。
後輩に指示を出す姿や、真剣な瞳でコートを見つめる横顔。
そして圧巻なのが、ジャンプサーブの一連の流れを切り取ったかのようなスケッチだ。
ボールを上げる瞬間から、腕を振り下ろす最後の動作までがこと細かに描かれている。


「見てるだけでこんなに描けるもんなんですか。アニメの1コマ1コマみたいっすね」
「静止画みたいに見える、って言ってたからな日向。そして、それを一瞬で記憶しちまうんだと」
「俺のサーブこうやって見えるんだ。そりゃ腕の角度が違ってたっていうのも一発で見抜くわけだよね、チビちゃん」
「…あれ、もう1枚あるみたいだぞ」


パラリと紙をめくった先には…





―――仲間を率いて、コートを制する男。





そう言葉が添えられているページには、左脇にボールを携えコート中央に堂々とたたずむ男の後姿。
翻るユニフォームの背中には青葉城西・背番号1の文字。





「チビちゃんには俺がこうやって見えたってこと…?」


言いながら恥ずかしくなって、及川は口元を押さえしゃがみ込む。
さっきの絵だって実はかなり嬉しかったのだ。
真剣に練習に取り組む姿を、日向がきちんと見てくれていた証拠だから。
それなのに、最後の最後でこんな破壊力抜群のものが待ち受けていたなんて想像だにしていなかった。
今日は一度もユニフォームを着て練習していない。
けれど、日向にはこうして力強く立つ及川の姿が見えていたのだろうか。
嬉しさ・照れくささ・恥ずかしさ・喜び…色んな感情が体の中から溢れて及川の血を熱くする。
今みっともないぐらい顔が赤くなっているだろうが、それを抑えることは暫く無理だろう。


「良かったな及川」


からかいの意味を含まない、純粋な気持ちを言葉に乗せ岩泉は及川の肩を叩いてやる。
あまりの照れようにイジってやろうかとも思ったが、その絵を見ていたら岩泉の胸まで熱くなってしまって冗談に出来なかった。
この男が青城を上へと導く為に、誰よりも練習し誰よりもチームを思って動いていることを知っているから。
それをバレー部でもない第三者の日向が感じ取り、形に残してくれたことを嬉しく思ったから。


「さぁ、今年こそ頂点目指すぞ!」


コートにたたずむ自分の姿を、皆が思い描いたのだろう。
岩泉の言葉にメンバーは大きくうなずいた。