先に海軍基地に向かってしまったルフィを追いかけている途中、何やら騒がしい気がして私は海軍基地の中で一番高い建物を見上げた。屋上で作業が行われているらしい。巨大な石像が、何人もの海兵にロープで引っ張り起こされているところだった。
あれはもしや、モーガン大佐を象ったものだろうか。そんな物を造って何の意味があるのだろう。あれを造るのに一体いくら掛かったのだろう。海軍本部から支給される資金にそんな余分な金が含まれているはずがなく、ならばどこから経費が出たかって、当然この町の住民からだ。どこまで屑だモーガンとかいう海兵は。
あの石像砕きに行きたいなあと考えていると、その屋上に向かって、何やら赤い物体が跳び上がった。あれは…ルフィだ。ルフィはそのまま屋上の遥か上空にまで上がってしまい、なおも上昇を続ける体を止めようと、咄嗟に目に付いたものを掴んだ。石像を引っ張り上げていたロープである。
相当な勢いで上昇していたルフィが掴んだせいで、ロープは反対方向に強く引かれた。予期していなかった負荷に海兵達は為すすべもなくバランスを崩され、結果として、既に70度程起き上がらされていた石像は重力に従って急速に地面へ吸い込まれた。屋上の縁に叩きつけられた像は、腰の辺りで真っ二つに砕ける。像の上半身部分は、屋上から地面へ落下。轟音と共に地響きがして、流石にコビーも何事か起きたと気が付いたようだ。
「な、何でしょう今の音…!! まさかルフィさん、何かやらかしたんじゃ…」
「いえ、ここからでも一部始終が見えましたけど、別に大したことじゃありませんでしたよ。寧ろよくやってくれたって言うか」
「あなたの感性は一切信用しないことにしています!! もう、ルフィさん、何したんですか……!!」
コビーが私に対して容赦しなくなってきた。一体私が何をしたというのだろうか、誠に遺憾である。
だがそれより、今急ぐべきはゾロの解放だ。そしてついでに用事が済ませられれば万々歳。
ルフィが騒ぎを起こした以上、私達も行動を急がなくてはならない。コビーを置いて基地へと先行する。景色が見る見るうちに目の前を通り過ぎていき、私はそのスピードを保ったまま塀を飛び越え、ゾロの目の前に着地した。
「!? 誰だ!!」
「私です。先程もお会いしたでしょう?」
「その声…あの麦わら帽子の奴と一緒にいた女か」
「そうです。…ルフィ君はどちらに?」
「あいつなら、おれの刀取り返すって1人で基地に向かってったぞ」
「成る程。…はい、解けましたよ」
常に持ち歩いているサバイバルナイフで縄を切断する。ついでに予め買っておいたサンドイッチを袋ごと手渡した。取り敢えずはそれを受け取ったゾロだったが、困惑するばかりで口を付けようとはしない。
「どうぞ、召し上がってください。まあ基地を出てからでも構いませんけど…逃げるのにエネルギー補給をしておかないと。お腹空いてるんでしょう? ……あ、もしかしてアレルギーとかありました?」
手を差し出して促すが、ゾロは「いや…」と否定の言葉を返したきり黙り込み、眉根を寄せたまま私を睨んだ。……彼は元々の目つきが悪いようなので、もしかしたら睨んでいるつもりはなかったのかもしれない。どっちでもいいか。
「……何のつもりだ? 縄を解いて…。1ヶ月の約束の話は、お前も聞いてただろ」
「それは…」
それは、あのバカ息子の嘘だ。あなたは騙されていたんです、そう話そうとしたとき、コビーが遅れて磔場に到着した。
「ちょっと、アメリアさん速いんですけど…って、もう縄が解けてる!?」
「ナイフって便利ですよね」
「ルフィさんは…?」
「ゾロさんの刀を取り戻すために、単身基地へ乗り込みました」
「ええ!? またムチャクチャなことを…!!」
「本当だぜ何者なんだあいつは…」
「そして私も行ってきます」
「お前もか!!」
「アメリアさん!?」
ゾロのことはコビーに任せ、「危ないですよ!?」と引き留めようとする声を背に、私は基地内部へと向かった。
入り口が開いていたので、侵入自体は至極簡単である。問題は見つからないようにすることだが、これも割と容易だ。何せルフィが(本人にそんなつもりは全くないだろうが)見事に敵をおびき寄せてくれているのである。彼には悪いが、つまりは囮役だ。
「さーて、見つけたいのは武器庫に通信室…おっ」
目当ての部屋はすぐに見つかった。何せ、入り口に分かりやすく「武器庫」と書いてある。全く不用心なことだ。敵に侵入された場合を考え、こういう部屋の位置は部外者に特定されにくいようにしなくては。
鍵は流石に開いていないようだが、古式ゆかしきディスクシリンダーキーだった。基地に何者かが侵入して武器庫の鍵をピッキングするという事態を想定していないのだろうか。そう考えながら、私は針金を鍵穴に差し込んだ。知り合いの金庫破りに習ったピッキング技術の役立つ日が来たようだ。
***
銃声や叫び声が聞こえて来る。その中にコビーの悲鳴まであって、私は首を捻った。ゾロは縄を切っておいたのだし、コビーに事情を聞いてとっくに逃げたものだとばかり思っていたのだが。
何のために残っていたのか…と考えて、直ぐに思い至った。恐らく、私とルフィのためだ。たった2人で大勢の海兵を相手取ることになるであろう私達を心配して、待っていてくれたのだろう。まあルフィはともかく、私は見た目からして弱そうだし、心配されてもしょうがないかな……。腕とかほっそいし。ただちょっといい人すぎないかコビーとゾロは。コビーはお人好しだし、何となくゾロは義理堅そうだと思ってはいたけれど。
ちょうど開いていた近くの部屋の窓から磔場が見えた。そこには3本の刀を構えるゾロと、何があったのか血塗れのコビー。そしてちょうど、びよんと伸びたゴムの足で、大勢の海兵達を纏めて蹴りつけるルフィがいた。すごいなゴムゴムの実。
しかし、実は結構心配していたのだが、ルフィは無事にゾロの刀を取り戻せたようだ。何よりである。
「た…大佐!! あいつら…!! 我々の手にはおえません!!」
「ムチャクチャだ!! あんな奴ら…!!」
「それに…、ロロノア・ゾロと戦えるわけがない…!!」
蹴り飛ばされた海兵達は立ち上がる気力もないらしい。地面に尻餅をつき、項垂れたまま弱音を吐いた。"東の海"の隅の海軍支部では、悪魔の実の能力者を見たことすらない海兵ばかりだろう、仕方のないことだ。
しかし大佐殿は、そんな部下の気持ちをくんでやる気はないようだった。
「大佐命令だ。今…弱音を吐いた奴ァ…、頭撃って自害しろ」
え、と零した海兵達を、大佐は睨み据えた。
「おれの部下に、弱卒はいらん」
「……あーあー、これだから海兵ってのは…」
ゆっくりと、自分達の頭に銃口を突きつけ始めた海兵達に、呆れが募る。
こんな屑が上官だったなら、どうやって失墜させるか考えて、抗えばよかったのに。ここまでの悲劇を許してしまったのは何故なのか。
上官だというそれだけで、どんな悪事も許されるなら、それは正義と言えるのか?
苛立ち紛れに窓を叩き割って、私は磔場へと飛び降りた。
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