私は大変非力だ。
懸命に筋トレを重ね、栄養バランスの取れた食事を心がけて、約10年。師匠に「柳の枝」と呼ばれたほっそい腕は、成長するに連れかつてに比べると一回りも二回りも太くなった。しかし同年代の女性達と比べれば圧倒的に細く、当然力も弱い。悲しい現実である。
そんな私に、本来銃身を斬るなんて真似は出来ない。しかしある条件があれば別だ。
私は、何というか、昔から足が速かった。そんな言葉で済ませられるレベルではないのだけれど、簡単に言い表すとそうなる。
風のように速く、ほとんどの人はその動きを目視することすら不可能だ。私が師匠に見出されたのも、その速さを買われてのことだった。そのスピードで、私は私の力のなさを補っている。
高速でナイフを叩きつけられた銃身が、真っ二つになっていく。全ての銃を叩き斬り、ようやく面を上げた私は、唖然としているゾロ達に心の中で苦笑した。相変わらず私の表情はピクリとも動かないわけだが。不便だ。
「上官の命令に忠実なのはいいことですが、それで正義の何たるかを見失っていちゃ話になりませんよね」
「……!!」
私が誰にとはなしに呟けば、海兵達が唇を噛み締めて俯いた。悔しげな表情は、彼等にとってもこの町の現状は本意ではなかったなかったことを物語っていたが、そんなことは関係ない。問題は、行動を起こしたか否かだ。
「おれは海軍の敵だぞ、死刑にしてみろ!!」
そう叫び、ルフィが大佐に殴りかかる。右腕で受け止めたが、相当な威力だったのだろう、衝撃で数メートル程大佐の体が後ろへ下がった。
「ルフィさん!!! こんな海軍つぶしちゃえ!!!」
コビーが拳を握り締めて応援している。大佐が一瞬彼の方を睨んだが、コビーは果敢に睨み返した。この短時間で随分な成長ぶりだ。
「身分も低い称号もねェ奴らは…このおれに逆らう権利すらない事を覚えとけ!! おれは海軍大佐、斧手のモーガンだ!!!」
「おれはルフィ! よろしくっ!」
「……死ね」
吠えたモーガンに対し、ルフィは空気を読む気がない軽い調子で自己紹介をした。名乗られたからには自分も名乗ろうということか。確かに相手が名乗ったのなら自分も名乗らなくては失礼に当たるが、それならそれでもっと状況にそぐう真剣な調子で名乗りあげてはどうだろう。本格的にブチ切れた大佐が、物騒なセリフと共に手首から先が斧になっている右腕を振り抜いたではないか。
まあ、ルフィらしい。私は攻撃の余波の及ばない位置まで飛び退いた。そこへコビーが駆け寄ってくる。ゾロはその場を動かなかったが、大佐を警戒しつつもチラリと此方を見た。
「アメリアさん、無事でよかった…。いつまで経っても戻ってこないから、何かあったんじゃないかと」
「基地内の構造がわからなかったので、少々手間取りました」
「そうだったんですか。…それにしても、強いんですね……銃を斬っちゃうなんて」
「修行の賜物です」
ちょっと得意げになりながら答えると、コビーは「僕も頑張らないと」と決意を新たにした。心に温度があったら、今頃燃え盛っていそうだ。まあこんな弱そうな私が自分より強いというのは、男として複雑だろう。
戦いは、ルフィが押していた。大佐も決して弱くはないが、ルフィの方が圧倒的に戦い慣れている。権力に胡座を掻いてばかりいるから、こうやって足下を掬われるのだ。当然の帰結である。
「何が海軍だ、コビーの夢をぶち壊しやがって…!!」
ルフィに蹴り飛ばされ仰向けに倒れ込んだ大佐の胸倉を掴み上げ、反対の腕をグッと引いた。これで終わりか、と思った時、真横からジャキ、と音がした。見れば私とコビーの米神に銃口が突きつけられている。私たち二人の間に立っていたのは七光りのバカ息子だ。正直今の今まで存在自体忘れていた。何処にいたんだこの男。
「待てェ!!!」
バカ息子の声にルフィはチラリと此方を見たが、気にも留めずに大佐を殴った。
「待てっつったろ、アホかこのォ!!! こいつらの命が惜しけりゃ動くんじゃねェ!!! ちょっとでも動いたら撃つぞ!!!」
きゃーこわーい。
その気になれば逃げられるし、何ならバカ息子を伸すことも可能だが、果たしてルフィはどうするやら。コビーは銃を向けられたことで冷や汗を流しているが、覚悟は決まっているようだ。
「ルフィさん!! 僕は!! ルフィさんの邪魔をしたくありません!! …死んでも!!!」
「ああ…知ってるよ」
コビーの言葉を聞き、ルフィが眩しい笑顔を見せた。そして痛みに呻く大佐を放置して、此方を向き直る。腕を後ろへ引いた。
「諦めろバカ息子、コビーの覚悟は本物だぞ!!」
「おいテメェ!! 動くなっつったろ!! 撃つぞ!! よし撃つ!!」
バカ息子はそう宣言したが、その手は震えていた。人の命を奪ったことなどないのだろう。何もかも人任せだったから、なんの覚悟も出来ていないのだ。その生き様は、いっそ哀れですらある。
ルフィの背後で、大佐がゆっくりと身を起こした。ルフィに向かって斧手を振り上げる。
「ルフィさん後ろ!!!」
「ゴムゴムの…」
コビーが声を上げたが、ルフィは振り向かず、バカ息子に向けて拳を飛ばした。
「銃(ピストル)!!!」
バカ息子が後方へ吹き飛び、二丁の銃が地面に放り出される。暴発しないよう空中でそれらをキャッチしてからルフィを見れば、ゾロに斬られた大佐が地面に倒れ伏したところだった。
「──ナイス、ゾロ」
「お安い御用だ、船長(キャプテン)」
いつの間にか、ゾロはルフィの仲間になることを了承していたようだ。互いに背中を預けるかのように立つ2人の姿は、なかなか様になっている。
私は手にしていた銃をそっと地面に置き、ゾロを縛っていた縄で今度はバカ息子を拘束した。
「た…大佐が負けた…」
「モーガン大佐が倒れた…!!」
海兵達は、上官が倒された事実に呆然と言葉を発した。ゾロは刀を鞘に収めたあと、柄に手を掛けたまま彼等を睨む。
「まだおれたちを捕えてェ奴ァ名乗り出ろ!」
ゾロの言葉に海兵達は顔を見合わせ、──わっと歓声を上げた。
「やったァーーーーーーっ!!!」
「解放されたァ!!!」
「モーガン大佐の支配が終わったァ!!!」
「海軍バンザイ!!!」
武器を投げ捨て、お互いに抱き合ったり肩を組んだり、各々が喜びをその体で表現した。2人向かい合って社交ダンスを踊り始めた者までいる。何であんなに上手いのだろう。趣味なのか、社交ダンス。
「なんだ、大佐やられて喜んでやんの」
「みんな、モーガン大佐が怖かっただけなんだ…!!」
狂喜乱舞する海兵達を見て、コビーは「よかった」と呟いた。彼等がこの状況を心の内では受け入れていなかったのだと知れて安心したようだ。
その内、冷静になった者から動き出す。数人は大佐を捕縛するための拘束具を取りに、残りは大佐が打ち倒されたことを町民に伝えるために走り出す。
それを見届けた後、とうとう限界だったのか、ゾロの体が地面に向かって傾いた。
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