ガツガツムシャムシャ、休むことなく出された料理を、喉に詰まらせそうな勢いでひたすら掻き込んでいたゾロは、何枚目かの空になった皿をドンとテーブルに置いた。
「はァ食った…!!! さすがに9日も食わねェと極限だった!!」
「だからサンドイッチ食べておいてくださいって言ったじゃないですか」
「暇がなかったんだよ」
腹を叩いて満腹を主張するゾロに呆れてぼやくと、彼は肩を竦めた。
目つきが第一印象よりほんの少し柔らかくなっているし、本当に空腹は満たされたのだろう。その点には安心する。倒れられたときは、少々肝が冷えたものだったが。
ここは少女・リカの家。そこで私達4人は、彼女の母親から食事をご馳走になっていた。
大佐が打ち倒された後、海兵によってその事実は町中に広められた。それにより、人々が波のように基地に押し寄せ、私達を取り囲んだ。あれはちょっとした恐怖体験だった。リカちゃんが「お兄ちゃんたち、家に来てご飯食べていってよ!」と言い出さなければ、今頃どうなっていたことか…。熱狂した集団の恐ろしさを思い知った。
「じゃあどうせ1ヶ月は無理だったんだな!」
ルフィは、スプーンで掬ったグラタンを口に放り込みながら言った。因みに彼の前には既に10枚ほど皿が積まれており、先ほど片付けられた分も合わせると結構な量だ。すかさずゾロがツッコミを入れる。
「おめェは何でおれより食が進んでんだよ」
「ルフィ君それ何回目のおかわりですか…? 遠慮という言葉の意味分かります?」
「失敬だな! 知ってるぞそれぐらい!」
「知ってても実行出来なければ意味がないわけですよ」
「そう言いつつアメリアさんも結構食べてますよね…?」
コビーが何か言っていたが気にしない。確かに私は同年代の女性より食べる方だけれど、ルフィと違って食事代はきちんと払った。
「そういう問題じゃないです」と告げたコビーの目が冷たかったので、私はすっと目を逸らした。コビーが溜め息を吐く。あーあー聞こえなーい。
「すいません…僕までごちそうに…」
「いいのよ! 町が救われたんですもの!」
申し訳なさそうに頭を掻きながら謝るコビーに、リカママは気前よく笑いながら、空になった皿を流し台に運んだ。いい人である。寧ろ皿を洗いながら鼻歌まで歌っているので、大佐が倒されたのがよっぽど嬉しいようだ。先程から窓の外から私達の様子を覗いている人々もそうだが、あの大佐には惨い目に遭わされたと言う。
あの大佐がこの支部のトップになったのが2年前。それからずっと、刃向かう者は皆「反逆者」と称して処刑にし、恐怖政治を敷いてきた。それを聞いて、今日此処に訪れてよかったと心から思った。ルフィに出会わなければ、コビーが海兵志願者でなければ、きっと私はここには訪れず、ゾロは殺され、町民はこれからも圧政に苦しめられる羽目になっていただろう。
私はグラスをテーブルに置いた。ルフィ達の食べっぷりをにこにこ眺めていたリカちゃんは、お茶で口の中の物を胃に流し込んだルフィに、トトト、と駆け寄った。
「やっぱりお兄ちゃんすごかったのね!」
「ああすごいんだ。もっとすごくなるぞおれは!」
「がんばってくださーい」
「何で他人事なんだ」
「だから私はルフィ君の仲間ではないしなるつもりもないと何度言ったらご理解頂けます?」
ゾロが不思議そうに私を見た。食べるのに夢中で話を聞いていなかったのだろうか。どうしてこう…皆して私をルフィの仲間にしたがるのか。特にコビーは海兵志望なのだから、本来私側に回るべきだと思う。
ゾロは私の言葉に「ふうん」と適当な相槌を打ってから、ルフィを見た。あまり興味がなさそうだ。
「それで、これからどこへ向かうつもりだ?」
ゾロに問われ、ルフィはニヤリと笑みを浮かべた。
「"偉大なる航路(グランドライン)"へ向かおう」
リカちゃんが首を傾げた一方、コビーが驚いて弾かれたように立ち上がった。結構な音がしたが、コビーは倒れた椅子に気を配る余裕もないらしい。
「また無茶苦茶な!!! まだ3人なのに"偉大なる航路"へ入るなんて!! 死にに行く様なもんです!!!」
「2人ですってば」
「わかってるんですか!? あの場所は世界中から最も屈強な海賊達が集まって来るんです!!」
「聞いて」
コビーは私の声を黙殺した。こうして市民の声はかき消されていくのか…。もし次に会った時には、コビーを盛大にからかうことに決めた。
「まァ、どの道"ワンピース"を目指すからには、その航路を辿るしかねェんだ…いいだろう」
「いいってあなたまでゾロさん!!?」
「まあまあ、落ち着いてください。…コビー君の言うとおり、"偉大なる航路"へ入るには早過ぎる…というより、足りないものが多過ぎる」
「足りないもの?」
「そう」
ピッと人差し指を立てる。3人の視線がそこに集中した。
「まずは船ですね。"偉大なる航路"は特殊な海です。また、長旅になるんですから、せめて十分な量の食料を乗せられるだけの大きさが必要になります。つまり、丈夫でそこそこの大きさの船を何処かで手に入れないといけません」
「ふむふむ」
「次に船員。流石に今のままでは少な過ぎます。戦力云々以前に、航海士や船医など、航海に必要な最低限の人材が欠けている。可能なら"東の海"にいる間に揃えておきたいですね」
「そうか、まず音楽家だな!」
「ルフィ君シャラップ」
何故真っ先に最も不要な役職が出て来たのか、甚だ疑問である。この、ある意味で純粋な少年に間違った知識を植え付けたのは何処のどいつだ。もし目の前にいたら殴ってる。
気を取り直して、私はゾロに向き直った。
「…まずは、航海士です。ゾロさんあなた、航海術は扱えますか?」
「いや全然」
「…………えっ、本当に全然?」
「ああ」
「全く?」
「おう」
「これっぽっちも?」
「そうだって」
「……」
え、この男さすらいの賞金稼ぎじゃなかったのか。それならどうやって今まで1人で旅をしてきたのだろう。まさか定期船を乗り継いで? この町に果たして定期船が来るのだろうか。余所の人間が出入りするなら、この町の状況が外部に漏れて、とうの昔に大佐は捕まっていてもよかったはずだが。
てっきりゾロは航海術が使えるものだと思っていた。ルフィの旅路はゾロに委ねておさらばしようと考えていたのに、完全に当てが外れたことになる。いやでもゾロは何だかんだしっかりしているし、この2人だけで海に放ったって…………あっ遭難してる光景しか思い浮かばない畜生。
ポン、と肩に手が置かれた。ゆっくりと振り返れば、満面の笑みを浮かべたコビーが、こちらを見てサムズアップした。
「アメリアさん」
「はい」
「頑張ってください!」
「コビー君性格悪くなってませんか?」
いい笑顔で応援されても正直苛立ちしか湧かない。
「いい見本がいたので…」
「悪い人もいるものですね」
「ええ、全くです」
「あいつら仲悪いのか?」というゾロのセリフは二人揃って黙殺した。どこをどうとっても私たちは大親友だというのに、全く失礼な話である。
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