014

 大変和やかな会話を一頻り続けたあと、コビーは改めて私達を見回した。

「ルフィさん、アメリアさん、僕らは…!! つきあいは短いけど、友達ですよね!!」

 私は隣のルフィと顔を見合わせた。何を言い出すかと思えば、そんなことか。

「ああ別れちゃうけどな。ずっと友達だ」
「友達の定義は人によって違いますから、私に確認取られても…」
「え」
「コビー君が友達だと思ったその瞬間が、私があなたの友人になる時でしょう。何を不安がっているんです?」
「!! いえ…!!」

 私達の返答に、目が輝いた。しかし次の瞬間にはほんの少しその輝きが翳りを帯び、目蓋が伏せる。何かを思い出すような、遠くを見ている目だ。

「僕は…小さい頃からろくに友達なんていなくて…。ましてや、僕のために戦ってくれる人なんて、絶対いませんでした。…それは、僕が戦おうとしなかったから…!!」

 ぎゅっと眉根を寄せて力強く目を瞑ったあと、コビーはぱっと目を開いて伏せていた目線をこちらに向けた。

「だけどあなた達3人には……!! 信念に生きる事を教わりました!!」

 その顔は決意に満ちていた。彼の言う「信念に生きる事」を、実行せんと瞳が燃えていた。だが、黙って聞いていたゾロがコツンとコビーの額を刀の柄で小突く。

「…しかし、お前は大丈夫なのかよ」
「え?」
「雑用でもアルビダの『海賊船』に2年居たのは事実なんだろ。海軍の情報力を甘く見るな、その素性が知れたら入隊なんて出来ねェぜ」
「……!!」

 それは正論だった。
 海軍は悪を許さない。一度でも海賊に組した者を受け入れることはない。身内に犯罪者がいた場合も同様だ。本人の性質どうこうではなく、海軍の誇り、面子の問題なのだ。
 海軍とは絶対的正義。海賊を黒とするなら海軍は白である、否そうでなければならない。黒は勿論、グレーが一人でも混じるのは許されないことだ。
 コビーの素性が知れれば、海軍への入隊は許可されないだろう。何せ2年も海賊船で雑用をしていたのだ。捕虜ではなく、雑用。「脅されて仕方なく」、「本意ではなかった」と言い訳を並べるには、2年は長すぎた。望んで海賊船にいたのではと疑われるだろうし、それを否定できる材料は何もない。

「それもそうですね……。おまけにルフィ君は海賊だと堂々と宣言していましたし、そのルフィ君と一緒に行動していたコビー君は怪しまれるかも」
「…………!!!」
「コビー君の分の仮面も用意しておけばよかったですね、すいません」
「い、いえ…そこまで考えていなかった僕が悪いんです…」

 コビーは顔色を悪くしながら俯いた。一難去ってまた一難、彼は不幸の星の下に生まれたのだろうか。不憫である。
 コビーが海兵になるには、如何にして過去の経歴を隠し通すかが問題である。アルビダの部下達には何の口止めもしていなかったし、アルビダ達と共にいるところを見た民間人がいるかも知れない。流石に全員の口を封じて回るのは、物理的にも倫理的にも問題ありだ。

「失礼!」

 どことなく室内の空気が重くなっていたとき、突然外から男の声がした。それが大佐打倒後、全体の指揮を執った海兵の声であると気が付いて、すぐさま仮面を装着する。
 ドアを開けて入ってきたのは、代表の海兵。その背後には、家の出入り口を塞ぐように並び立つその他大勢の海兵達。彼らの表情には先程までの狂喜乱舞の欠片も見当たらなかった。もしや、早速私達を捕まえに来たのだろうか。

「君らが海賊だというのは、本当かね…」
「そうだね2人仲間も出来たし…じゃ、今から海賊って事にしよう!」
「1人ですよ」
「何だよ、いい加減仲間になれよ〜」
「なりませんって」

 私とルフィのやりとりに一瞬訝しげに目を細めた海兵だったが、すぐに引き締めた。ふむ、如何なる時もポーカーフェイスを保つ。その精神、海兵の鑑だ。

「…反逆者としてだが、我々の基地とこの町を、実質救って貰った事には一同感謝している。しかし君らが海賊だとわかった以上、海軍の名において黙っている訳にはいかない」

 その言葉に、外から様子を窺っていた町民たちがどよめいた。

「即刻この町を立ち去って貰おう。せめてもの義理を通し、本部への連絡はさける」

 私達には予想出来ていた言葉だったが、町の人々にとっては違ったらしい。どういうつもりだと怒る民衆に、海兵達は言い訳もせず、叱咤もせず、ただ私達をじっと見ている。
 ルフィが立ち上がり、続いて私とゾロも立ち上がった。

「じゃ…行くか。おばちゃんごちそうさま」
「ごちそうさまでした〜」
「ごちそうさん」
「もう行っちゃうの? お兄ちゃん達…」

 悲しそうに瞳を揺らすリカちゃんの頭を撫でる。「お兄ちゃん達は正義の味方なのに」なんて、海賊への評価には大凡見当違いな単語が飛び出したせいで、ゾロが小さく噴き出した。私はゾロの脛を蹴り飛ばしてからリカちゃんと向かい合い、両肩に手を置いた。

「正義の味方は一所には留まらないものなんですよ、リカちゃん」
「とどまらない…」
「ええ。これから、次の町を救いに行くんです。だから、笑って見送ってくれませんか?」
「……うん!」

 彼女が浮かべた表情は、寂しさからかちょっぴり歪んでいたけれど、それでも眩しい笑顔だった。私は頷いて、リカちゃんに背を向けた。

「君も仲間じゃないのか?」
「え、僕……僕は……」

 ……と、そこで終われたらよかったのだが。どうやらコビーは見逃してもらえなかったらしい。さて、どう言い訳するのかな。立ち止まらずに耳だけ澄ませた。

「僕は、彼らの仲間じゃありません!!!」

 コビーは海兵の質問に否定で答えた。それは事実であり、彼の信念を考えれば妥当だった。実際、友達にはなったが仲間ではない。そして、ここで正直に友達などと答えるのは馬鹿のすることだ。
 ルフィはコビーのセリフを聞いて口角を上げた。そして、彼も振り返らなかった。

「待ちたまえ君達!! …本当かね?」

 海兵は、今度は私達に向かって問い掛けた。今度は立ち止まって、振り向いた。海兵の目は、私達を怪しんでいる、疑っている、そう語っていた。
 口だけなら何とでも言える、ここで私達が否定したところで、海賊の言葉にどれほどの信頼性があるというのか。今現在コビーに掛かっている疑いを晴らすには、到底及ばないのは確かだ。

「おれ、こいつが今まで何やってたか知ってるよ」

 するとルフィが、平然と語り出した。その語り出しから、此から何を話そうとしているのか推測するのは簡単だ。海兵の背後で私達の否定の言葉を待っていたコビーは、一瞬で顔色を悪くした。

「ルフィさん………!?」
「どの辺の島だかわかんねェけど、こーんな太った女の海賊がいてさァ。アルビダっつったかな」
「ちょ、やめて下さいよ…」
「何だかイカついおばさんなんだけど、2年間もこいつそこで──」

 ルフィが決定的な言葉を告げてしまおうとする。瞬間、コビーはルフィへ飛びかかった。

「やめて下さいよ!!!!」

 下手くそなパンチだった。それでも、パンチはパンチだ。ゴムであるルフィには少しも効いてないだろうけど。
 コビーがルフィに手を出したことに、海兵もリカちゃん親子も目を見開く。一方で、私とゾロはこっそり目線を交わして頷き合った。

「やったなこのヤロォ!!」
「ヒューッ、流石ルフィ君、メガネ君と違っていいパンチですねー」
「!! やめたまえ!!! これ以上この町で騒動を起こすことは許さんぞ!!!」
「おいおいやり過ぎだルフィ、そのへんにしとけよ。アメリアも煽ってやるな雑魚相手に…」

 一発のへなちょこパンチを、ルフィが何倍にもして返す。何度も何度も頬を殴られたコビーは、仰向けに倒れ込んだ。海兵の制止も何のその、追い討ちを掛けようするルフィの肩を、ゾロが掴んで後ろに引く。ゾロは一度も、コビーの方を見なかった。

「君らが仲間じゃない事はよくわかった!!! 今すぐこの町を立ち去りなさい!!!」

 海兵は家の玄関を指し示して怒鳴った。逆らうことなく、焦ることもなく、悠々と歩いて外へ出る。海兵達は、港の方向へ道を開けた。合わせるように、人垣も割れていく。

「僕を海軍に入れて下さい!!! 雑用だって何だって喜んでやります!! 海兵になるためなら!!!」

 人垣を抜けた辺りで、コビーの声が聞こえてきた。それは何十人、何百人という人々のどよめきに掻き消されかけていたけれど、普通の何倍もいい私の耳には確かに聞こえた。

「僕は!!! 海軍将校になる男です!!!!」

 ──喧騒を掻き分けて届いたその声は、やけに耳に残った。
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