のんびり歩いて港まで来たが、途中で袋いっぱいの食糧を抱えて追い掛けて来たレストランのシェフ以外、誰ともすれ違わなかった。町の人々は皆、リカちゃんの家に集まっていたようだ。
「船はどれだ?」
「あれ」
「…これに3人で乗るのか……」
ルフィが指し示した小船を見て、ゾロが溜め息を吐いた。確かに小さな船だが、コビーの自由の象徴でもあるのでそんな顔をしないで欲しい。まあ、"偉大なる航路"へ向かうなら、この船は何れ乗り捨てなくてはならないが。現実は無情である。
「しかしたいしたサル芝居だったな。あれじゃバレてもおかしくねェぞ」
「寧ろバレてるんじゃないですか?」
「いや、あとはコビーが何とかするさ、絶対!」
根拠のない謎の自信を持って、ルフィが断言した。何とかなりそうだとは私も思っているが、ルフィに言われると100%そうなる気がしてくるのは何故だろう。ゾロも同じだったのか、ルフィの顔を見て片眉を持ち上げたあとは、何も言わなかった。
ルフィがビットからロープを外し始める。ゾロも私もそれを眺めていたが、私はふと、此方に向かって近付いてくる聞き覚えのある足音に気付いて振り向いた。
「何にしてもいい船出だ。みんなに嫌われてりゃ、後引かなくて海賊らしい」
「そうだな!」
ロープを巻き、2人がまさに船に乗り込もうとした時、駆け付けて来たコビーが声の限りに叫んだ。
「ルフィさんっ!!!」
「コビー」
「ありがとうございました!!! この御恩は一生忘れません!!!」
大声にルフィとゾロも振り返る。バッと海軍式の敬礼姿勢を取ったコビーは、目を潤ませながら叫んだ。
その背後から、綺麗に足並みを揃えて歩いて来るのは海兵達、さらに奥には町の人々がいる。コビーを捕まえようとしているにしては悠長な歩調に、ゾロも一瞬刀の柄に伸ばしかけた手を下ろした。
「…海兵に感謝される海賊なんて聞いたことねェよ」
「海賊に感謝する海兵もなかなかいませんよ」
「しししし! また逢おうな!!! コビー!!!」
ルフィが笑顔で手を振った。私も小さく手を振ってから船に乗り込む。
「全員敬礼!!」
バッ、と数十人の海兵が一斉に敬礼をした。コビーが驚いて振り返ったが、上官に叱責されて慌てて敬礼をし直した。
海兵達を取り囲むように町民が集まって来る。歓声が沸き上がり、口笛が吹き鳴らされ、感謝の言葉と共に手を振られ、花束を投げられる。その中には最初に出会った漁師の男の姿もあった。その手には家族写真の飾られた写真立てがあって、家族の顔は私達の方を向いている。その漁師の隣には見覚えのある美少女がいて、彼の服の裾をギュッと握り締め……待て、親子だったのか。
「まさかの…」
「どうした?」
「…何でもないです」
まあ小さい町だしそういうこともあるだろう…。そう考えながら、私は2人に向けてサムズアップした。すると向こうも揃って親指を立て返す。成る程、似たもの親子だ。
リカちゃんとリカちゃんママの姿も見えた。手を振れば、2人共振り返してくれる。ついでに2人の周りの人々も手を振ってきた。
最後に私は、コビーを見た。目が合った瞬間に、私は海軍式の敬礼をして見せた。普段の私なら絶対にやらないけれど、今日は特別サービスだ。コビーはくしゃりと顔を歪めて、とうとう涙を溢れさせた。ああもう、泣くことないじゃないか。次会った時には、その泣き虫が少しはマシになっていることを願う。
…出来れば、二度目がないと嬉しいけれど。
***
町が見えなくなる。大海原の真ん中で、ゆらゆらと船は揺れている。
もう少しだけの付き合いだ。ルフィならきっとすぐに新しい仲間が出来るだろう。彼にはそれだけの魅力があるのだから。航海士だってすぐに見つかる。そうすれば、私はまた1人で旅を続けるのだ、約束の日まで。
けれど、何故だか、この時間が永遠に続いていくような予感がしてしまって、心臓の辺りで不安がぐるりと渦巻いた。
「っはー、すごかったな〜」
「町の人全員集合してましたもんね」
「また会えるといいな! コビーに!」
「次会うときは確実に敵ですけど、いいんですか?」
「いいよ、その時は全力で戦うだけだ!」
「……そういう考え方出来るの羨ましいです」
「うらまやしいか」
「惜しい、うらやましいです」
「うら、うらま、うらやま?」
「イエス、さあもう一度!」
「うらまやしい!」
「駄目だこりゃ」
…前途は、多難だ。
既にこの少年を突き放せなくなっている自分には、まだ気が付かない振りをしていたい。
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