016

 青い海、白い雲。穏やかな潮風、降り注ぐ日の光。本日は、絶好の航海日和だ。
 …それは、今現在私が置かれている状況を考えなければの話だが。

「だから、私は仲間にはなりませんってば」
「じゃ、何で船に乗ってんだ」
「もういいだろ仲間って事で」
「…あなた方が航海術からっきしなせいなんですけど」

 確かに、どう考えてもそのままでは遭難コースの2人を放っておけず、共に船に乗ることを了承したのは私である。だがルフィからの勧誘には未だ頷いたつもりはない。それとこれとは話が別なのだ。
 そもそも、彼らが航海術をきちんと学んでくれてさえいれば、私は何としてでも気ままな一人旅を再開させていたのだから、責任の所在はルフィとゾロにある。そう思いたい。
 しかし恨み言を言ってみても2人が気にする様子はなかった。神経が図太い。ゾロは聞こえなかったかのように海を眺め、ルフィに至っては欠伸を零す始末だ。

「…それにしても…腹減ったなー」

 一瞬の沈黙の後、ルフィがぼやいた。ついでにギュルルルル、と腹も鳴る。まあ、半日ほど何も食べていないのだから当然か。
 この舟はとても小さい。その上に三人も乗っているのだから、載せられる荷物の量は限られてくる。おまけにこれは私の確認不足だったのだが、ルフィの胃袋は常人の十倍は大きいらしい。1日で積み込んだ食料を粗方食い尽くしてしまったルフィは、空腹を訴えてその場に寝転んだ。
 私もゾロも、数日程度なら絶食しても何の問題もない。だが食料をすっからかんにした張本人からは、あまり長い間空腹に堪えられないとの自己申告があった。

「まあ、いいです。それより早く航海士を見つけましょう。それで私はお別れです」
「いや無理だろ」

 ゾロが私に現実を突き付けようとしてきたが、私は聞き流した。いざとなれば全力で走ればルフィからだって逃げられる、はず。何故か地の果てまで追い掛けて来そうな嫌な予感はするが、気のせいだと信じたい。

「…それにしても、ルフィ、お前元々一人で船出したんだよな? なんで航海術持ってねェんだ、おかしいだろ」
「おかしくねェよ、漂流してたんだもんおれは!」
「いや堂々と言うことか」

 ひしひしと押し寄せる不安から全力で目を背けながら、ゾロとルフィの会話に耳を傾ける。ルフィはそもそも、航海術を持っていないのに1人で船出したことがおかしいのだけれど、彼の頭の中に「計画性」の三文字はあるのだろうか。
 …うん、なさそうだな。

「お前こそ海をさすらう賞金稼ぎだったんだろ? なんで航海術出来ないんだよ」
「…そもそも、おれは賞金稼ぎだと名乗った覚えはねェぞ」
「え、そうなんですか」
「ああ。ある男を探すために取り敢えず海に出たら、何でか自分の村に帰れなくなって、仕方がねェから適当な海賊船を狙って日銭を稼いでた…それだけだ」
「なるほど」

 遠くに1人で出掛けたら家に帰れなくなった…つまり。

「迷子ですね」
「何だお前迷子か」
「その言い方はよせ!!」

 言い方を変えても迷子という事実は変わらないのに無駄な足掻きをしている。しかしまあ、大の男が迷子というのはあまり認めたくない事実だろう。私はたった今聞いた事実をそっと心に留め置いた。因みに言い触らさない保証はない。
 元々悪い目つきを更に鋭くさせているゾロを横目に、私はそっと話をルフィに向けた。

「まあ何にせよ、航海士は必要ですよ。私も航海術は扱えますけど、"偉大なる航路"に向かうなら、もっと腕のいいのを仲間にしないと」
「"偉大なる航路"は常識が通用しねェ海と聞くしな…尤もだ」

 ゾロが神妙に頷いた。その辺りの知識はルフィよりもちゃんとあるらしい。これなら私がいなくなっても問題はないだろう。ついでにごねるルフィを宥めてくれれば有り難い。

「あと"コック"とさ、"音楽家"と…」

 …呑気にそんなことを言うルフィについては、もう色々と諦めている、が。

「ルフィ君」
「おう」
「それぶっちゃけそんなに優先順位高くないです」
「……!!?」

 口をあんぐりと開けて驚愕したルフィに先が思いやられる。とにかく仲間を…彼のストッパー役を増やさないと、この海賊団に未来がない。しかしこの少年のストッパー役になれるような人間が果たして存在するのだろうか?
 少し視線をずらせば、恐らく全く同じことを考えたであろうゾロと目が合ったので、私は一つ頷いて、すっと両手を上へ。つまり、お手上げである。

「…それにしても、腹減ったな。次の島にはいつ着くんだ?」
「本当は、換金のためにディスカウン島に行こうと思ってたんですけど…食糧補給のために一番近くの島に寄る予定です。このスピードなら、日没までには着きますよ」
「ヘェ…」
「あ、鳥だ」

 在りもしない希望に縋るのをやめ、真面目に次の島のことを考えるゾロの横で、ボーッと空を見上げていたルフィが呟く。その言葉につられ、首を上へと向けると、成る程確かに、かなり大きめの鳥が悠々とこちらに向かって飛んで来ている所だった。
 だが、逆光でよく見えないものの、この辺りに棲息するどの鳥にも当てはまらない毛色と巨躯に、私は首を傾げた。渡り鳥だろうか。…まさか、いやでも、もしかしたら、あれは。

「食おう! あの鳥っ!」
「は? どうやって…」
「おれが捕まえてくる! まかせろ!! ゴムゴムの…ロケット!!!」

 思案している間に、いつの間にか鳥を捕まえる話になっていた。あんな高いところにいる鳥をどうやって…と不思議に思いながら見ていると、ルフィは腕をみょん、と伸ばしてヤードを掴み、そのまま腕を縮めた反動で空へ跳び上がった。ルフィはぐんぐん鳥に近付いていき、あっという間に2つのシルエットが重なる。

「なるほどね…」
「結構色々使えますね、ゴムゴムの実」
「だな」

 私達は頷き合った、が、ルフィは一向に降りてくる気配がない。手こずっているのだろうか。それにしては動きが…というか、あのシルエット、何かおかしくはないか。

「…あの、ゾロさん」
「何だ」
「もしかして、もしかしなくてもルフィ君、鳥に頭を咥えられていませんか?」
「…いやいや、流石に気のせいだろ。そうだとしたらあの鳥はどんだけデケェんだって、」
「ぎゃーー! 助けてーーっ!!」
「話…」
「……ドナドナドーナード〜ナ〜〜…」
「歌うな!」

 パコンと頭をはたかれた。痛い。わりと自業自得であることは自覚しているので文句は言えないが。
 ゾロはオールを漕ぎ始めた。流石の筋力、舟はぐんぐんと進んで行く。とは言え、鳥の飛行速度に比べればどうしても劣り、距離は広がる一方だ。私は背中を向けている状態のゾロに代わってルフィを、もとい鳥を見つめる。そして先程から頭に浮かんでいた可能性が確信に至り、声を張り上げた。

「ゾロさん! 大変です!」
「どうした!?」
「あの鳥は本来"偉大なる航路"の一部地域にしか棲息しないはずの幻の鳥…『ファッション・エンジェル』! ピンクの可愛らしい羽毛が特徴! その見た目から天使(エンジェル)の名を冠する鳥です!」
「…それで?」
「1つ残念なお知らせがありまして」
「おう」
「肉食なんです」

 舟のスピードが上がった。
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