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 私とゾロが現れたことでルフィは顔を輝かせた。打撃技の効かないルフィも、大規模な爆発に巻き込まれれば死ぬらしい。成る程、最悪威力の低い手榴弾を投げつければ逃げられるな。あとで炸薬の量を調節しておこう。

「やーよかった、お前らよくここがわかったなァ!! 早くこっから出してくれ」
「遅かったですねゾロさん、迷子にでもなってましたか」
「そんなわけあるか、お前が早いんだ。何で町外れまで行ってたお前の方が、真っ直ぐ来たおれより先に着くんだ? …あァお前ケガは」
「…ええ平気…」

 ゾロは呆れたような困惑しているような顔で私を見たあと、ナミに目を留めて怪我の有無を訊ねた。ナミが唖然としながらも無事だと伝えると、ゾロは暫くナミを見つめ、その言葉が真実であると納得したのか一度頷いてから、檻の中のルフィを睨んだ。

「お前なァ、何遊んでんだルフィ…! 鳥に連れてかれて、見つけてみりゃ今度は檻の中か、アホ!」

 至極真っ当な怒りである。彼としてはそれまでの賞金稼ぎとしての生活を捨てて海賊になったのだから、選んだ船長が不甲斐ないようでは困るだろう。

「ゾロ…!?」
「おいあいつ…ゾ…ゾロって言わなかったか?」
「"海賊狩りのゾロ"か!? 何で泥棒と喋ってんだ…!?」

 一方で、バギー一味はゾロの名に狼狽していた。狙った獲物は逃さない"魔獣"の予期せぬ登場だ、無理もない。偽物では、という意見もあったが直ぐに否定されている。トレードマークである3本の刀と、鍛え抜かれた肉体、そして鋭い眼光、更にはその気迫。本人で間違いないだろう、と。
 "海賊狩り"の登場に一瞬目を見開きはしたものの、その場で唯一狼狽えなかったのは、"道化のバギー"と思わしき男のみだった。寧ろ嬉々として、腰からナイフを引き抜いた。

「貴様、ロロノア・ゾロに間違いねェな。おれの首でもとりに来たか?」
「いや…興味ねェな。おれはやめたんだ、海賊狩りは…」
「おれは興味あるねェ、てめェを殺せば名が上がる」
「やめとけ死ぬぜ」

 強い相手を倒せば、自らの実力を周りに示すことが出来る。相手が有名であればあるほどいい、その分だけ広く名が知れ渡る。海賊はそうしてのし上がっていくのだ。
 但し見た限り、"道化"のオーラは圧倒的にゾロに劣る。真面に戦えば、向こうに勝ち目はない。だがその表情に焦りは窺えなかった。自信過剰なのか、もしくは秘策があるのか。気掛かりなのは、"道化"の悪魔の実の能力だ。

 どんな能力を得るのかは、食べた実によって異なる。悪魔の実の研究者達は、膨大な数の悪魔の実を、大きく3種に分類している。
 動物に姿を変え、身体能力を跳ね上げる"動物系(ゾオン)"。
 自然物そのものに体を変化させ、物理攻撃を無効化する"自然系(ロギア)"。
 ルフィのゴムゴムの実を含め、何でもありの"超人系(パラミシア)"。
 どんな実でも使い方次第で格段に強くなれる。海という弱点はあるものの、それを差し引いても得られる力は大きい。"道化"の能力がどんなものであろうと、その実力は纏うオーラ以上のものだと判断した方がいいだろう。

「うおおおやっちまえェ船長!! ゾロを斬りキザめェ!!」

 船長が進んで前へ出たことで勇気づけられたのか、怯えていた海賊共が途端に沸き立った。それに応えるように、"道化"がニヤリと笑う。

「本気で来ねェと血ィ見るぞ!!!」
「そっちがその気なら……!!!」

 ナイフを構えて"道化"が走り出した。それを受けてゾロも刀を抜く。ナイフが振り上げられた瞬間、ゾロは相手の懐まで飛び込んで、3本の刀で右腕、胴、右足を切断した。あっという間の出来事だった。

「うわっ、よえーなあいつっ!!」
「うそ…」

 文字通り真っ二つだ。バラバラになった体が地面にボトボトと音を立てて落ちる。それを見て殺ったと確信したのだろう。ゾロは刀を収めた。

「何て手応えのねェ奴だ…」

 呆れ顔でぼやいたゾロを、バギー一味が笑っている。その様子に流石に違和感を覚えたのか、眉根を寄せて見やったが、笑い止む様子はない。

「おいゾロ! アメリア! 早くこっから出してくれ」
「ああ、……こりゃ鍵がなきゃ開かねェぞ。この鉄格子は流石に斬れねェしな」
「そうか」

 笑い声は、止むどころかますます大きくなっていく。おかしくて堪らないとばかりに。それは、自船の船長が殺された直後の船員の反応ではなかった。

 嫌な予感がした。まだ、ナイフを収めることが出来ない。
 血の匂いがしない。そもそも"道化"の体の断面から血が出ていない。部下は皆笑うばかりで焦る様子はない。動揺も見られない。更に、普通なら即死レベルの怪我なのに、纏うオーラは弱まっていない。
 理屈はわからないが「"道化"は生きている」、ゾロが斬ったという現実に反する事実を理解した瞬間、私はゾロに向かって叫んだ。

「──ダメですゾロさん! そいつ"血が出てない"!!」
「!? なっ…」

 私の指摘は、ゾロが襲い掛かる凶刃に気付くには遅過ぎた。
 背後から、銀色の刃が彼の腹を貫く。鮮血が傷口から零れて地面に散った。ゾロの後ろに人が立っているようには見えない。誰かがナイフを投げたのか、という咄嗟に浮かんだ想像は、しかし次の瞬間否定された。ナイフは、不気味な赤に輝きながら、ゾロの体からひとりでに抜けていったのだ。
 そして露わになった、ナイフを手にしていたものの正体は、人間の手首から先。それがひとりでに宙に浮かんでいる奇妙な光景に、ナミが息を呑んだ。

「ゾロっ!!?」
「なにあの手!!!」
「…成る程、それが悪魔の実の能力、ですか」
「バラバラの実……!!! それがおれの食った悪魔の実の名だ!!! おれは斬っても斬れないバラバラ人間なのさ!!!」

 切り離した体の部位は、本人の意思で自在に動かすことも、浮かせることすらも出来るらしい。バラバラになっていたはずの体のパーツはそれぞれ浮き上がり、元通りにくっついた。
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