動物と仲良くなれるといっても、別にシュシュの頭の中まで見えるわけではない。人間の言う事の何を何処まで理解しているのか、そしてそれに対して何を考えているのかも。だから町長さんの言葉の真偽を確かめる術はないのだが、きっとそれは真実だと思うし、真実だといいと、思う。
シュシュの、見た目に反して思いの外ごわごわした毛並みをかき混ぜながら、考える。結局ルフィとゾロにまだ別れを切り出せていない。この件に片が付いたら、と言いたいのだが、何だかんだと流されてしまう気もして今から憂鬱だった。
このまま流されて、困るのは私なのに。
溜め息を零しかけた時、突如獣の咆哮が轟いた。
「な…何この雄叫び……!!」
「今の鳴き声…ライオンですかね」
咄嗟に隣の私の腕に飛びついてきたナミの背中を撫でて宥めすかしながら、声の聞こえた方向を睨む。
この辺りに野生のライオンは生息していない。この町でわざわざそんな危険な猛獣を飼っていたとも思えない。つまり、ライオンがいるとしたら外から誰かが連れ込んだ以外ではあり得ないのだ。
その「誰か」は、この場合明白である。
「こ…こりゃあいつじゃ!! "猛獣使いのモージ"じゃ!!」
「誰だ?」
「バギーの部下じゃ!! デカいライオンを連れとる…此処にいれば殺されるぞ!!」
慌てて私とルフィと腕を引こうとした町長さんとナミだったが、ただのライオン使い程度にルフィが後れを取るとは思えない。
私は準備運動に腕をぐるぐる回しているルフィを尻目に、シュシュを抱えて店の戸を開けた。抱き上げた瞬間暴れ掛けたシュシュだったが、頭を撫でながら顔を覗き込めば大人しくなった。店から引き離そうとしているわけではないと理解してくれたらしい。
「何だアメリア、戦わねェのか?」
「私は中でシュシュの面倒見ておきますから、ルフィ君片付けちゃって下さいよ。"道化"じゃないなら楽勝でしょう」
「んー、まァな!!」
私とルフィの脳天気な会話に、町長さんとナミが顔をひきつらせた。馬鹿な事を言っていると思われていそうだ。
「っ、あんたたち、死んでも知らないわよ!?」
「大丈夫ですよナミさん、ルフィ君はアホですけど、やるときはやる男ですから」
「誰がアホだ!!」
「…本当に、知らないからっ!!」
ナミは私の言葉にグッと唇を噛んだ。町長さんと違い、先程の"道化"との小競り合いの際に私が戦っている姿を見ているはずだが、それでも心配してくれているのは私が女で、見た目だけなら明らかに年下だからか、私が海賊ではない一般人だからか。
一応この大海賊時代の最中1人で海を渡り歩ける程度には腕は立つのだが、それを口頭で説明しても納得して貰えるとは思いがたい。特にこの容姿のせいで。もう少し説得力のある強そうな見た目になりたいものである。
進んで誤解させているわけでもないのだが、何だか申し訳ない事をしている気分だ。
「あの、多分ルフィ君と一緒にいた方が安全だと思いますよ?」
「猛獣相手に素手で勝てる訳ないじゃない」
「……ルフィ君信用ない…」
一応この場に私と共に残るよう進言してみたが、素気なく却下された。ルフィは海賊という時点で信用されようもないし、私もその信用のなさを覆せる程の信頼関係を築けてはいない。
まあ、猛獣使いとやらを此処で倒せばナミが危害を加えられる事もないのだし、ルフィが頑張ればいいだけの話だ。
「まあ、ナミさんと町長さんは早く逃げてください」
「……わかったわ。あんたも、危なくなったら逃げなさいよ?」
「ええ、『危なくなったら』ちゃんと逃げますよ」
ナミは何度か此方を振り返りながらも、通りから姿を消した。私もシュシュを抱えたまま店の中に身を隠す。
カウンターの奥にある部屋では、ゾロが寝ている。私の体や部屋に染み着いてしまった血の匂いが気になるのか、シュシュは少々落ち着かない様子だった。
床の上で胡座を掻き、背中を店の入り口の隣の壁に預け、外の会話を盗み聞く。
「見つけたぜェ…まず1人。おれはバギー一味、猛獣使いのモージだ」
「そうか、おれはルフィだ」
「あ、ご丁寧にどうも…」
「いやいや…」
何を悠長に自己紹介し合ってるんだ。
向こうも余裕だがルフィも大概余裕綽々である。
「バギー船長はかなりお怒りだぜェ…。えらい事しちまったなァお前ら」
「何だお前、変な着ぐるみ被って」
「何っ………!!! 失敬だぞ貴様ァ!! これはおれの髪の毛だ!!!」
「じゃあなおさら変だな」
「やかましいわァ!!!」
…そこまで聞いて、私は窓からこっそりと外の様子を窺った。店の前に立ちはだかるルフィと相対するのは、一等な巨大なライオン。その背中に、男が1人乗っている。猛獣使いらしき男は、白く短い毛がもみあげから顎にかけて繋がっており、更に耳から数センチ上の辺りには、獣の耳のような丸っこい毛の塊があった。
成る程、あれが全部髪の毛なら、確かに変だ。ルフィがツッコみたくなるのも頷ける。
「ったく、さてはおれの怖さを知らないな? まァいい、お前は所詮名もないコソ泥だ。貴様の命に興味はない、ロロノア・ゾロの居場所を言え」
「いやだ」
「…そうか、断るか。言えば見逃してやろうかとも思っていたが……。仕方ない、やれ!! リッチー!!!」
猛獣使いは突如叫んだ。リッチーと呼ばれたライオンは、獰猛な唸り声を上げながら口を大きく開き、ルフィに噛みつこうとする。ルフィは軽々と避けたが、どうやら次の攻撃は予想していなかったらしい。前足を鋭く前方に突き出し、猫パンチの如く殴りつけたリッチーに、ルフィは為す術なく背後の建物へ叩きつけられた。相当な威力だったようで、そのまま壁を貫通し、姿が見えなくなる。
「ちょっ、ルフィくーーん…!?」
思わず小声で吹き飛ばされたルフィを呼んだ。油断し過ぎである。何をしているんだ。
「即死だ! 俺に刃向かうからそうなる」
崩れた家の向こうに居るであろうルフィに向けて、猛獣使いは憐れむように言った。
彼はルフィが死んだと思っているようだが、それはない。建物の向こうでルフィのオーラが元気に揺らめいているから。そもそもゴム人間が、噛みつかれたり爪で切り裂かれたなら兎も角、打撃技で死ぬはずがない。
「……あいつがここに立ってたって事は、この中にロロノア・ゾロがいるって事だな。よしリッチー、行くぞ!」
ルフィが一度相対した相手なのだから、ルフィの手で決着をつけるのが筋だろう。そんな私の遠慮を当然あちらが汲んでくれるわけもない。
確かにゾロはこの建物内に居る。ルフィは現在休息を取っているゾロに負担を掛けないために店の前にいたのだが。吹き飛ばされた程度では死なないとはいえ、仲にいる私達の事も少しは気にして欲しい。
…店の中で暴れさせるのは不味い。此処はシュシュの大事な宝物だ。思い出の詰まった場所なのだ。
店の前で食い止めようと腰を上げた瞬間、恐らく同じ事を考えたであろうシュシュが、店の外へと飛び出した。
「シュシュ!!」
慌てて追い掛け名前を呼ぶが、シュシュは振り向かなかった。自分の何倍もの体躯を持つライオン相手に、果敢に吠え立てる。
リッチーはシュシュを一瞬煩わしそうに見た後、邪魔だとばかりに前足で払いのけた。埃でも払うような軽い動作だったが、それだけで小さなシュシュは吹き飛んでしまう。リッチーの爪が引っかかったのか、肩と顔からは血がこぼれた。
それでも立ち上がろうとするシュシュを片手で制し、リッチーと猛獣使いの目の前に立ちはだかる。
「何だ女、まさかあの犬の飼い主か?」
「いいえ? ですが、此処を通す訳にはいきませんね」
「つまり?」
「敵です」
「…なるほどな。てめェもロロノア・ゾロの仲間か」
猛獣使いは1人で納得して頷くと、リッチーの背を叩いた。
「頭を噛み砕けリッチー!!」
ガルルル、と唸りながら飛びかかるリッチーの鼻を殴る。生き物は大概鼻が弱い。リッチーも例外ではなく、怯んだ。顔を顰めてふらつきながら此方を睨んでくるが、その目には多少の怯えが見える。
「あんまり動物相手に暴力は振るいたくないんですけど、まあ、この場合仕方ないですよね」
「何をごちゃごちゃと…!! どうしたリッチー、早く殺せ!!」
「このお店、ちょっと壊させる訳にはいかないんですよ。だって壊れたらシュシュが悲しむから」
リッチーが牙を剥く。私は腰のポシェットの物を取り出した。大きく開いた口の中に左腕を突っ込み、喉の奥に拳を叩きつける。
牙が肩に食い込む。皮膚を突き破り、骨にまで到達する。ミシリと少々嫌な音がしたが、粉々に砕けない辺り、私の体は相当頑丈だ。骨の罅程度なら牛乳でも飲めば治るし、気にする程の怪我ではない。
右腕を隙間から差し込んで、口蓋にナイフを突き立てた。リッチーが痛みに吼え、牙が肩から抜ける。その隙に腕を引き抜き、サッと距離を取った。
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