026

「あ! よかった、あんた無事だったのね…!」

 声が聞こえてそちらを見れば、通りの向こうからナミが駆け寄って来て、私の全身をくまなく眺め、左肩の怪我に気が付いた途端血相を変えた。

「その怪我、まさかライオンにやられたの!? 早く手当てしないと…!!」
「…ああ、これですか。大丈夫ですよ、大した傷じゃないので。…ほら」

 顔色を悪くするナミに、既に塞がりかけた傷口を見せる。この小さな傷を見て、まさかライオンに噛まれたとは思わないだろう。私の怪我が掠り傷程度だとわかって、ナミはあからさまにホッとした。
 その反応から本当に私を案じてくれていた事がわかって、酷く申し訳ない気分になった。私は図太い乙女なので、そう簡単には死なないから心配など必要ないのだが。

 乙女の定義を巡って激しい論争が巻き起こりそうな事をぼんやりと考えながら、シュシュの肩に増えた傷を見て憤る町長さんとナミを眺め。
 次の瞬間、轟音と共に目の前が土煙に覆われた。

「ぬあっ!!!」
「きゃあ!!」
「っ、これ、"道化"の…!!」

 通常の砲弾では有り得ない破壊力に、直ぐ様"道化"の所持する特性砲弾の存在が思い浮かんだ。そうでなくとも、今このタイミングで町を破壊する狼藉者など、"道化"以外にはいない。
 何のために守ったのかと、シュシュの店ごと吹き飛ばされた建物群に、一瞬腹の底から怒りが沸いて、次の瞬間その中にいるゾロの事を思い出して冷えた。

「ゾロが寝てんのに…!!!」
「ゾロさん!!」

 ルフィが駆け寄り瓦礫を退かしていく。
 大丈夫だ、死んではいない。オーラは弱っているが、それは"道化"に負わされた傷を治療した時とさして変わらない。運良く瓦礫に致命傷を与えられる事はなかったらしい。

「ルフィ、もうちょっと左!!」
「おう!! …ん?」
「え? ……あっ今のなしで」

 ルフィにゾロの位置を指示する際、うっかり名前を呼び捨ててしまったがなかった事にした。うん、動揺していたせいだから仕方がない。
 暫く首を傾げていたルフィだが、当然それよりゾロの安否の方が気がかりだったようで、瓦礫の撤去を再開した。それなりに大きな壁の欠片や折れた柱などを片手でポンポン周囲に放るルフィに、ナミと町長さんの疑わしげな視線が刺さるが、本人は気が付く様子がない。
 やがて瓦礫の中からゾロの手がにょきりと生えて、そのままガラガラと無残な家の欠片を押しのけ這い出てくる。

「…あーー、寝ざめの悪ィ目覚ましだぜ」
「よかった! 生きてたか!」
「……何で生きてられるのよ…!!」

 訳わかんない、とボヤいたナミが、その疑惑の目を私に向ける。

「ロロノア・ゾロもそうだけど、あいつ何なの? ライオンに殴り飛ばされて、家一軒貫通したのに無事なんて絶対変よ! あんた何か知ってるんじゃないの?」

 私が彼らの異様な頑丈さに動揺していない事から、私が彼らについてそれなりに知っていると判断したらしい。まあ、合ってる。

「ゾロさんは単に筋肉馬鹿でアホみたいに頑丈なだけです。で、ルフィ君ですが、彼は悪魔の実の能力者です」
「…えっ」
「ゴムゴムの実を食べたゴム人間、体は自分の意志で伸縮させる事が可能、制限は不明。因みにその性質上、打撃技は効果がありません」

 打ち付けたらしい額を押さえつつ、立ち上がって体の動作を確認するゾロの動きに危なげがないのを横目で確認しながら、私はナミの問いに答えた。
 つまり、だ。

「目には目を、歯には歯を、能力者には能力者を」
「……初めに言いなさいよ………」

 ナミはがっくりと肩を落とした。何だかんだ言いながらルフィの事もそこそこ心配していたようなので、気苦労を返して欲しくもなるだろうが。

「ルフィ君の許可なしに喋っていいものか悩んでたんですけど……本人隠す気なさそうなので今話してます」
「じゃあ…バギーの相手はあいつに任せていいのね?」
「まあ、油断してない状態なら大丈夫でしょうよ。さっきは何でか捕まってましたけど……」

 私が呟くと、隣でそれをきっちり聞き取ったらしいナミが、決まり悪そうに目を逸らした。どうやら、先程ルフィが檻に入れられていた原因はナミにあるようだ。
 まあいいか、騙されるルフィも悪いし。結果的にこうして無事だったんだし。

 それよりも、だ。

 私は怒りで肩を震わせる町長さんに歩み寄った。その視線の先には、木っ端微塵に砕かれたペットフード店がある。千々に割かれた看板の破片を拾い上げたしわだらけの手が、不意にそれを握り締める。

「っ、町長さん、血が」
「…40年前さながら」

 木の割れ目が皮膚を切り裂いて、真っ赤な血が手首を伝い滴り落ちた。しかしそれには頓着せず、町長さんは静かな声で語り出す。

「ここはただの荒れ地じゃった…!! そこから全てを始めたのじゃ」

 思い出すように目を閉じる町長さんに、4人分の視線が向かう。

「"ここにおれ達の町をつくろう。海賊にやられた古い町の事は忘れて…"」
「…!」

 町長さんの台詞に、町に来る前既に話を聞いていた私以外が目を見開いた。それはそうだ。彼の話の通りなら、彼らは二度も海賊に平和だった町を奪われているのだから。

「はじめはちっぽけな民家の集合でしかなかったが、少しずつ、少しずつ町民を増やし、敷地を広げ、店を増やし、わしらは頑張った…!!」
「…町長さん……」
「そして見ろ!! そこは今や、立派な港町に成長した!! 今のこの町の年寄りがつくった町なのじゃ!! わしらのつくった町なのじゃ!! …町民達とこの町はわしの宝さながら!! ………それを、何故…っ!」

 徐々に声に力が籠もっていく。悔しげに噛み締めた唇の隙間から呻き声が漏れて、握り拳が一層震える。

「何故また奪う!? わしの宝をどうして奪う!! こんな事が許されてたまるか!!! 二度も潰されてたまるか!!!」

 張り上げた声は怒りと悲しみで揺れていた。背中に背負った手製の槍をその手に掲げ、叫ぶ。

「突然現れた馬の骨に、わしらの40年を消し飛ばす権利はない!!! 町長はわしじゃ!! わしの許しなくこの町で勝手な真似はさせん!!!」

 キッと"道化"のアジトの方向を睨むと、町長さんは駆け出した。

「いざ勝負!!」
「ちょ、ちょっと待って町長さん!!」
「離せ娘っ!!」
「あいつらの所へ行って何ができるのよ!! 無謀すぎる!!」

 単身"道化"の元に向かうつもりらしい町長さんを、ナミが引き止めた。仕方がない、彼の行動はまさしく無謀なのだから。
 だけど、それでも。

「無謀は承知!!!!」

 わかっていても、譲れないものがあるのだろう。
 涙目に溜め、それでも尚走る町長さんを、ナミは止めきる事が出来なかった。代わりに、暫しその背中を見つめてから、呆然とした様子で口を開いた。

「町長さん……泣いてた……!!」
「そうか? おれには見えなかった」

 ナミの言葉を笑って否定して見せたルフィは、私を見た。

「アメリア」
「……何ですか」
「おれ、絶対お前の事仲間にする」
「どうして今の流れからその発言が出て来るんですか?」

 本気で意味が分からない。今そんな話はしていなかったと思うのだが、急に何を言い出すのだ。

「だってお前、優しいけど甘っちょろくねェよ」
「は?」
「止めなかっただろ?」

 ……ニヤリと笑ったルフィの言葉の意味を理解するのに、暫く掛かって。それから無言で、その頭をはたいた。

「止めれるか、馬鹿」
PREV BACK NEXT