028

 "道化"のアジトが目視できる位置まで来てから、再び仮面を着ける。視界確保のため空けられた穴から、町長さんがアジトの前で宙に浮かんでいるのが見えた。
 何事かとよくよく見れば、町長さんはじたばたともがきながら首を掻き毟っている。その首に白い手袋をした人間の手首が指を絡めているのを見て取って、ルフィがスピードを上げて私より前へ飛び出した。
 ルフィは町長さんの体に飛びつくと、手首を掴んで首から引き剥がす。地面に膝を突いて咳き込んだその背をさすると、掠れた声で礼を言うのが聞こえた。

「麦わらの男っ…!!!」
「約束通り、お前をブッ飛ばしに来たぞ!!!」

 忌々しげに顔を歪めた、ピエロのような鼻をした男に向けて、海賊王を志す少年は堂々と宣言した。

「よくもノコノコ自分から…!! 貴様等!!! 現れたな!!!!」
「いーい? 戦うのはあんた達の自由だけどね、私は宝が手に入ればそれでいいの。あんた達とは今回だけ、一時的に手を組んでるだけなのよ。わかった?」
「ああわかった」
「わかった……」
「ナミさん、ルフィ君納得いってないみたいなんで、後で改めて言い聞かせた方がいいですよ」
「そうするわ」
「人の話を聞けェ!!!!」

 "道化"が何か言っていたのを聞き流して会話を続けていると、痺れを切らした"道化"が怒鳴り散らした。見たところ、そろそろ三十路も後半辺りだと思うが、年齢の割に気が短い。大人ならば我慢強くあるべきだ。成人も迎えていない少年少女の一挙手一投足に逐一腹を立てていては身が持たないだろう。
 よくイライラするのはカルシウムが不足するせいだから、とやたらと牛乳を飲ませたりする事がある。しかしカルシウムだけひたすら摂取させるのはナンセンスだ。カルシウムの吸収を助けるビタミンDも同時に食べるべきである。
 つまり魚を食え。話はそれからだ。

「小童共…何しに来たんじゃ、他所者はひっこんでおれ。これはわしの戦いじゃぞ!!」
「…でも、町長さん……」
「わしの町はわしが守る!! 手出しは無用じゃ!!!」

 痛みで生理的な涙を滲ませながらも、町長さんはそういきり立った。例え死んでも、一矢報いる事さえ出来れば本望だとでも言いたげだ。
 そんな町長さんの頭を背後から片手でがしっと掴んだルフィは、そのまま壁に叩きつけ──ようとしたので、私は無言でルフィを蹴倒して、町長さんの首裏に手刀を叩き込んだ。

「何すんだ!」
「ルフィ君が何しようとしてんですか! 殺す気か!」
「だって邪魔だろ! それに、流石に加減はしてたぞ」
「邪魔って、言い方どうにかしなさい。確かに気絶してくれてた方が有り難いだけど……。あと、加減どうこうじゃない。絵面がよくない」

 直ぐに立ち上がって文句を言ったルフィの頭に拳骨を落としたが、ゴム故にダメージは見られない。
 私の説教などどこ吹く風のルフィは、改めて"道化"の方に向き直った。

「おい!! デカッ鼻ァ!!!!」

 そして禁句を口にした。
 "道化"はただでさえ短気だ。コンプレックスらしい鼻の事を大声で指摘などされれば、烈火の如く怒り狂うのは目に見えている。

「ハデに撃て!!! バギー玉ァ!!!!」

 己の船長の怒号のような号令に、脈絡のないルフィの発言に呆然と固まっていた船員達がばたばたと一斉に動き出した。
 導火線に火が点され、煙が微かにゆらめく。

「消し飛べェ!!!!」

 その言葉が合図だったかのように、轟音と共に砲弾が飛んできた。「何言い出すのよバカ!!」とルフィを罵りながら、ナミが私を引っ張る。一方ルフィは、ゾロに腕を引かれても逃げようとしない。

「そんなものが、おれに効くかっ!! ……ゴムゴムの…」

 ルフィはにっと笑みを浮かべると、すうっ、と目一杯に息を吸い込み。

「風船っ!!!!」

 そして、言葉通り風船のように体をまんまるく膨らませると、砲弾を受け止めた。砲弾がまん丸く膨らんだ腹にぐっとめり込み、その反動で、今度は前方へと弾き出される。

「──何だあいつは!!?」
「まさか、バギー玉を…!!!」
「弾き返しやがったァ!!!!」

 砲弾は"道化"のアジトに向かって真っ直ぐ飛び、彼らは避ける暇もなく着弾した。ルフィのゴムの体でだいぶスピードが殺されていたためか、先程のように建物を貫通することはなく、見事にアジト付近のみを爆破する。
 へたり込んでいるナミを咄嗟に抱きかかえ、首に巻いていたスカーフをその口元に押し付けて、土煙と飛散する諸々の破片から庇う。衝撃で吹き飛んだ木材の破片が1つ、カランと私の隣に転がって来たのを最後に物の崩れる音が止み、やがて土煙も晴れていく。

「よっしゃ!! 敵が減った!! やるか!!」
「…先に言えよな、人騒がせな……」

 五体満足の状態でやる気を漲らせているルフィに向けてゾロが文句を垂れたが、ルフィは気にも止めない。私もまさか膨らんで弾き返すとは思わなかったのでびっくりしているし、気持ちは正直ゾロと近いが、この様子では私の文句も聞き流されるだろう。

「な、なに、いまの」
「だから、ゴム人間なんですよ、彼」
「デタラメだわ……」

 ルフィがゴム人間だと私から聞いてはいたものの、具体的にはどんなものか見ていなかったナミは、ルフィが風船のように膨らんだ時点で軽くを腰を抜かしていた。まあ、わかる。あんなに分かりやすく人外じみた技を披露されたら、腰を抜かすのもわかる。普通にびっくりする。

「まあ、悪魔の実の能力者なんて、どいつもこいつも化け物じみてますからね」

 特に超人系は本当に何でも有りだから、何が飛び出してくるかわからない。これまでの人生で何人か能力者にも出会った事はあるが、皆訳が分からなかった。奴らと来たら、物理法則とか色々無視している。
 過去数百年、世界中の学者達が悪魔の実の研究行った。しかし、未だにわかっている事は少ない。人間から獣へ姿を変化させる動物系の実のみ他より研究が進み、「無機物に食べさせる」事も成功していると聞くが、明らかになっていない部分の方が多いのだ。
 そんな訳の分からないものについて、無理して理解しようとしなくともいいと思う。私もよくわかっていない。興味はあるが、私の専門は生物学だし。

「しっかし、敵はどれだけ減りましたかね?」
「これで全滅してたら興醒めだがな」
「普通は全滅でしょ…」

 ナミはそういうが、"道化"辺りなら何とか助かっていてもおかしくはない。さあどうだ、と待ちかまえていれば、ガラガラと瓦礫が崩れて、中から2つの影が立ち上がった。
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