005

「い、いいんですかこんなこと…」
「2年間無駄にさせられた時間分の慰謝料をふんだくると思えばいいんですよ、大丈夫大丈夫……おや、これは数年前、リアズ国の貴族の屋敷から盗まれたティアラ……こんな所にあるなんて」
「き、貴族様のッ!? 大変じゃないですか、届けてあげなきゃ!!」
「どうせこのあと海軍基地まで行きますし、そこに預ければ、あとはいいようにしてくれますよ」

 男達が港の倉庫から船を運び出す間、私とルフィは、アルビダの船を物色していた。コビーはそんな私達を見ておろおろしつつも、自分も初めで見たアルビダ個人所有のお宝の数々に瞠目している。

「うひゃーっ、宝がいっぱいだ!」
「持って行くのは、これとこれとこれと、あとそこの装飾品類は全部この袋の中に入れておいてください。…全部換金すれば、百万にはなりますかね」
「本当か!?」
「ええまあ。これ以上は船に乗り切りませんし、これぐらいにしておきますか」

 ルフィは終始楽しそうに目を輝かせていた。それが高価な宝に目をギラつかせているというよりは、お宝を目の前にして興奮している子どものようで、その無邪気な様子に心が温まった。純真無垢はいいものだ。
 壊れやすそうな物は新聞紙に包んだりしながら袋に詰めていく。袋が一杯になったところで作業を止めれば、扉の陰から部屋の中を窺っていた海賊達は、安堵の溜め息を吐いた。どうやら根こそぎ持って行かれるのではないかと危惧していたらしい。人のことを何だと思っているのか。

 宝をルフィに抱えさせ部屋の外に出ると、そこにいたのは3人。彼らは確か、コビーが中身を酒と思い違えてルフィの入った酒樽を運び込んだとき、倉庫の中にいた3人だ。
 その内の1人に歩み寄り、顔を覗き込むようにして話し掛けた。

「船の準備は出来ましたか?」
「はっはい!!」
「もう少しで終わるところで…!!」
「食糧は? ちゃんと積み込んでありますか?」
「食糧…は」
「直ぐ確認して来ます!!」

 大慌てで掛けて行く3人の背中を見送ってから振り向くと、コビーは何とも言えない顔をしていた。まあ、今まで散々威張り散らしてきた相手が、こんな小娘に顎で使われているのだ。心中複雑だろう。
 まだ彼には、解放されたという実感が薄いように見える。後は彼自身で慣れるしかない。気分を変えさせようと私はコビーに話し掛けた。

「ここから一番近くの海軍基地なら、今から出れば明日には着くんですよね?」
「はい。何でも今、そこにロロノア・ゾロが捕まってるそうで…」
「さっきもアルビダが何か言ってたな、そいつ」
「ここ数年噂になっている賞金稼ぎですよ。ルフィ君は知りませんか?」
「うん知らねェ。そいつ強ェのか?」
「強い、との噂ですよ。"魔獣"なんて呼ばれたりもしてるくらいですから。まあ実際会ったわけではないので、どの程度かはわかりませんが」

 ルフィは私の言葉を聞くと「ふうん」と言ったきり黙った。そして海岸まで着くと、宝の入った袋を地面に置いて、そのまま寝転んでしまう。私達が呆気にとられている間に彼は1つ欠伸を零すと目を閉じ、暫くすると寝息を立て始めた。一応ここは海賊のアジトで、ついでに周りは敵だらけだと言うのに、これは大物なのか、単に危機感が薄いのか、いまいち判別がつかない。
 コビーと目が合ったので、私は肩を竦めた。私も彼も、まだルフィという男を測りかねている。

 しかし、ルフィのように寝る気にはなれないが、船の準備が終わるまでは暇だ。幸い時間はあるので、今の内にコビーに先ほどの会話の中で気になったことを聞いておくことにした。

「ところでコビー君、さっき言っていたことは本当ですか? "海賊狩り"が捕まっている、って」

 "海賊狩り"というのは、ロロノア・ゾロの異名だ。懸賞金額も人数も関係なく、只ひたすら目に付いた海賊を狩る。その無差別さを揶揄して付けられた名前である。
 彼の噂は、普段生物研究に明け暮れあまり人との関わりを持たない私の耳にも入るほどだった。彼に狩られた賞金首の中にはそうそうたる顔触れも並んでいるから、その実力が低いと言うことはないだろう。
 荒くれ者が多いとは言え、犯罪者を捕まえる手助けをしてくれる実力ある賞金稼ぎを、海軍が捕まえるというのは稀なことだ。彼に関しては、魔獣のように気性が荒く恐ろしい男だとは言われているが、一般人に手を出したとか、何かそういう悪事を行ったという話は聞かないため余計に奇妙に思えた。一体何があったら、海軍に捕まる羽目になるのだか。

「少なくとも、僕はそう聞きました。」
「何で捕まったかは聞いていますか?」
「さあ…。でも、何か悪いことをしたんじゃないですか? 悪名高いロロノア・ゾロのことですし」
「……まあ、賞金稼ぎには柄の悪い方も多いですからね。あり得なくはないか…」

 まあ何にせよ、私には関わりのないことか。そう思いながら長く息を吐いて、伸びをする。
 今日一日で様々な事があった。今朝は海賊と戦って、昼にルフィと出会い、今こうして3人で海に出ようとしている。どうせ直ぐに別れるとは言え、誰かと旅をするなんて何時ぶりだろうか。
 昔のことを思い出して、少し楽しくなった。ルフィ達相手だと、"彼"との旅ほど静かな時間は過ごせなさそうだが、愉快なことにはなるだろう。

「御三方、船の準備出来ました!!」
「あ、はい」
「ルフィさん、起きてください! 出発しますよ!!」
「んん?」

 海賊に呼ばれ、私は返事をした。コビーがルフィの肩を揺さぶると、ルフィは眠そうに目を擦ったが、直ぐにパッチリと目を開けて一番に船に飛び乗った。

「おーい、早く行くぞ!!」
「…今の今まで寝てた人のセリフとは思えませんね」
「何というか、ルフィさんらしいというか……」

 宝も積んで、出航する。残された海賊達は、そそくさと退散の準備を始めている所だった。"金棒"が目を覚ませば、船一隻と財宝と食糧を奪われており、その犯人は自分をこけにした3人だという事実に怒り狂わないはずがない。彼女に心から忠誠を誓っているのでもない限り、さっさと逃げるのが得策だろう。
 そして島が見えなくなった頃、夕食として積み込んだ食糧を食べたところで、コビーが「それにしても」と切り出した。

「ルフィさんが、あのゴムゴムの実を食べていただなんて……驚きました」
「……「あの」?」

 彼の言葉にまたしても気になる点があって、私はつい聞き返していた。

「ゴムゴムの実って、有名なんですか?」
「はい。僕の小さい頃の話ですけど、何でも"偉大なる航路"から来た大海賊が、この"東の海"で手に入れた悪魔の実だとかで…。一時期話題になったんです」
「へえ〜」

 ルフィはコビーの話に驚いていた。実際に実を食べたルフィ自身も、その噂については知らなかったらしい。
 かく言う私も初耳だ。この辺りにだけ広まっている噂なのか、それとも単に私が聞く機会がなかっただけか。

「確か、10年くらい前ですよ。アメリアさんとルフィさんも聞いたことないですか?」
「ああ……。私はその時期、修行と勉学に明け暮れていたので…」
「おれは山で山賊と暮らしてた」
「そ、そうですか…」

 一瞬、この人達どういう人生送ってきたんだろう…とでも言いたげな顔をしたコビーだったが、深く聞かないことに決めたらしい。危機察知能力が高くていいことだ。

「でも…ルフィさん、"ワンピース"を目指すって事は、…あの"偉大なる航路"に入るって事ですよね…!!」
「ああ」

 ルフィは頷いた。するとコビーが心配そうに眉を下げる。

「危険ですよ!? あそこは、海賊の墓場とも呼ばれる場所で…」
「うん、だから強い仲間がいるんだ」
「ああよかった、そこはちゃんとわかってるんですねルフィ君」
「ええ…、一安心です」
「失敬だぞお前ら!! おれのこと、何だと思ってるんだ」
「何って…ルフィ君」
「ルフィさん」
「おう、おれはルフィだ!」
「そういうところですよ」

 一応仲間を得なければ"偉大なる航路"でやっていけないことは理解出来ているのか、よかった…、と、隣のコビーと心を通じ合わせて互いの肩を叩いていると、ルフィが憤慨した。
 しかしまあ、見た通りを述べれば納得したようにまた頷くから、まだまだ不安なことには変わりがない。さてこんな彼を支えられるのは、いったいどんな人物やら。
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