「あのですねルフィ君、私は仲間になるなんて一言も言ってないわけですよ」
「なんだよ、いいじゃん別に」
「何もよくない」
アルビダの寄港地を出立した私達3人は、海軍入隊志望のコビーのため、一番近くの海軍基地まで向かっている。
ルフィが倉庫で言っていた、私を仲間にするというのはどうやら本気だったらしい。寧ろ彼の中では決定事項で、私に他の選択肢を与える気はないようだった。私は仲間と名のつくものを作る気はないのだが、ルフィは人の話を聞かないタイプの人間。何故断られるのかわからない、自分が納得出来ないのなら仲間になってもいいじゃないかという論理の飛躍した俺様理論を振りかざしている真っ最中である。
これはもう、最悪隙をついて逃げ出すしかないな…と覚悟を決めつつ、船を漕ぐ。
海軍基地の町、シェルズタウンが見え始めていた。
「…見えてきた、あそこですね」
「本当だ…! あの高い建物がそうですかね、海軍のマークの旗が見えますし!」
「んー? あの煙突みたいなやつか。あそこにゾロって賞金稼ぎがいるんだな!」
「そうなりますね。…いよいよですねコビー君」
「はい…!」
まだ町が見えてきただけだというのに、コビーはすでに感動で目を潤ませている。まあ…2年もこき使われていた海賊から解放されて、ようやく夢だった海兵になれるというのだから、感極まって当然か。コビーの様子に、思わずルフィと顔を見合わせる。ルフィは白い歯を見せながら楽しそうに笑った。
コビーは、どんな海兵になるだろう。優しい海兵になれるだろうか。海軍の掲げる正義の中で、自分の正義を貫き通せるだろうか。出来れば彼には、このままていて欲しいような、そうでもないような。
港に船をつける。ルフィはいち早く上陸し、「着いた!」とはしゃいでいた。
「コビーもアメリアもすごいな」
「え?」
「何がですか」
「ちゃんと目的地についたよ!」
「当たり前ですよ! 海に出る者の最低限の知識です!」
「コビー君の言う通りですよルフィ君。海に出るたび漂流していたら海賊王なんて夢のまた夢ですし、せめて航海士を仲間に、」
「ああそうする!! 飯食おう!」
「絶対聞いてない」
お腹が空いたのだろう、あてもなく何処ぞへ走り出そうとするルフィの首根っこを掴んで、住民を探す。
漁師らしき、どこか憂鬱そうな顔をした日に焼けた男がこちらを見て会釈をしてきた。
「あんたら、見ない顔だね。旅の人かい」
「…ええそうです。あなたは地元の方ですか?」
「ああ、そうだよ」
「おすすめのレストランなどあれば教えて頂けませんか? 昼食を摂りたいんです」
男は少し考え込むように静かになった後、再び口を開いた。
「それなら…そこの赤い看板の在る通りを真っ直ぐ行って、服屋の角を左に曲がったところに飯屋があるぞ」
「そうですか、ありがとうございます」
「飯屋か! 早く行こう!」
「ちょ、ルフィさんそっちじゃないです…!」
「……」
飯屋という単語に目を輝かせたルフィは、教えられた方向とは全く別の場所へ駆け出して行ったので、コビーが慌てて止める。私はといえば、何か言いたげな男が気にかかって、その場を動かないままだった。
「……あんたら、この町へは旅の途中に立ち寄ったのか?」
「そうですね、長居をする気はありません」
「そうするべきだ。…用が済んだらすぐに出て行った方がいい」
重苦しい表情で男は言った。
妙だ。ここが海賊に支配された町だとでも言うならその表情もまだ納得できるが、海軍基地のある町でそんなことは起こるまい。
この町で何が起きているのだろう。嫌な予感させるには十分で、どんよりと重い空気を纏った男の背中から、暫く目が離せなかった。
***
言われた道を辿ってルフィ達を追いかけると、既にルフィは料理を完食していた。
「遅ェよアメリア〜、先に食っちまった!」
「ええまあ、そうじゃないかと思ってました、見た感じ……」
「まーそんじゃ、この町でコビーとはお別れだな!」
「はい…!! ありがとうございます、ルフィさん達も立派な海賊になってください!」
「海兵志望者のセリフじゃない…というか「達」って、それもうコビー君の中でも私はルフィ君の仲間になってるってことですか? 怒りますよ?」
涙ぐむコビーの発言に聞き流せないものがあったのでツッコミを入れたが、コビーは不思議そうな顔をするだけだった。私がルフィの仲間にならないという選択肢は彼の中にもなかったらしい。何故だ。
…確かに、放っておけないとは思う。初対面でも大渦に飲まれていたし、彼の性格からしてトラブルに巻き込まれるというか、むしろトラブルの中心になりそうだ。多分一人にしておいたら何かの拍子に死ぬ。頼りないわけではないが、災いを自ら呼び込むタイプは1人では長生き出来ない。そして流石に、そうとわかっていて放っておくのは寝覚めが悪い。
加えて、彼に頼れる仲間が出来るまでは面倒を見てやろうと思える程度には、私はルフィに好感を持っていた。
まさか、それが見抜かれていた、なんてことは…ないだろう、流石に。感情が表に出ないことに定評がある私だから、そうそう見破られる事なんてないはず…。
「いいやつだといいなー、ゾロってやつ」
「え? それは何で、」
ふとルフィの言葉に違和感を覚え、その真意を問い掛けて、テーブルや椅子の引っ繰り返る音に口を閉ざした。何故か周囲の客が怯えた目でこちらを見ている。
「…ここではゾロの名は禁句のようですね」
「まあ、海軍基地に捕まってるってことは何かやらかしたんでしょうしね」
「ふーん」
「うわ興味なさそう…」
小声でそう会話をしてから、コビーは話題を逸らそうと口を開いた。
「ええっと…さっき張り紙で見たんですけど、ここの基地にはモーガン大佐という人がいて、」
再びけたたましい音が店内に響き、コビーは話すのをやめた。不安そうな目が私を見る。流石に、様子がおかしいことに気が付いたらしい。
大勢の視線に曝されて居心地の悪い思いをしながら食事を食べ終え、そそくさと店を出たあと、ルフィが腹を抱えて笑い出した。
「はっはっはっは、おもしろい店だったなーっ! おれあとでもう一回行こうっ!」
「面白がってる場合じゃないと思いますよ」
「どう考えてもおかしいですよあの反応…。悪名高いゾロだけならまだしも、海軍の大佐の名前にあんなに怯えるなんて! 僕…なんだか不安になってきました…」
「まあ、自分は何をしても許されると勘違いした馬鹿が、権力を笠に着て好き勝手振る舞うなんてのはよくある話ですし、その類じゃないですか?」
「ちょ、やめてください縁起でもない!」
何となくそうじゃないかな、という予想を話してみせると、コビーは悲鳴じみた声を上げた。海兵志望の彼からしたら、海軍の大佐が悪人だなんて有り得ないことなのだろう。
しかし、住民の反応に不安を感じているのも事実。コビーは海軍基地に到着しても、海軍入隊を申し出る勇気が出ないようだった。
「…近くで見るとゴッツいなー」
「万が一海賊に襲撃されても耐えられるように、頑丈に造られてますからね」
「へー…。行けよ! コビー!」
「で、でもまだ…その…心の準備が……。さっきの店でのこともありますし…」
「まあ、まずは情報収集からですね。ここの大佐が悪人なら、証拠を揃えて海軍本部へ通報しましょう」
「そんなこと出来るんですか?」
きょとり、とコビーが目を瞬かせる。海賊ならともかく、海兵を通報なんて普通はしないから、知らないのも無理はない。
「本部も海軍の汚点はなるべく排除したいでしょうから。流石に何の根拠もないと大した調査もされずに終わる可能性が高いですが、証拠さえあればちゃんと動くはずです」
「でも、海軍本部への連絡なんてどうやって…」
「まあ、普段本部へ直接通報することなんてありませんし、知っている人もそうそういないでしょうけど、一応本部直通の電伝虫の番号は公開されていますよ」
「へええ…。アメリアさんは物知りなんですね」
コビーは感心しているようだ。しかしそんな私達を気にすることもなく、ルフィはいつの間にやら塀によじ登って基地を覗き込んでいた。
「魔獣は、どこかなァ」
「魔獣って…ロロノア・ゾロですよね。探してるんですか?」
そういえばさっきもいい奴だったらいいなとか言ってたな、と思い出す。多分今に「いい奴だったら仲間にする」とか言い出すだろう。あり得る。
「いい奴だったら仲間にしようと思って」
言った。
「悪い奴だから捕まってるんですよ!!」
「まあまあ、普通ならそうでしょうけど、さっきの人たちの様子を見ていると、一概には言い切れないでしょうし…実際に会って確かめてからでもいいんじゃないですか?」
「それは…まあ…」
声を張り上げルフィを止めようとするコビーを宥める。私の言葉に一応は納得したものの、やはり凶暴だと噂の男に会いに行くのは怖いのか、その顔は不安そうだ。
ふと、何かを思い付いたようにコビーがルフィを仰いだ。
「でもルフィさん、覗いて見える様な所には居ないんじゃないですか? きっと奥の独房とか、」
「いや、なんかいるぞ向こうに! ゾロって奴かも」
「え…」
「ほんとですか」
「うん」
ルフィは一度塀から降りて塀沿いを走ると、百メートル程進んだ先でまた登ったので、私もそれに倣う。
「ほらあいつ」
そして指さされた先にいたのは、十字に交差された丸太に磔にされている、1人の男。
ルフィと私に少し遅れて、塀によじ登って中を覗き込んだコビーが、その男を見た瞬間ドサッと地面に尻餅をついた。この高さから落ちたら結構痛いと思うのだが、コビーは痛みも気にならない程の恐怖に目を見開き、体をガタガタと震わせていた。
「…黒い手ぬぐいに腹巻き……。ほ…本物だ! 本物のロロノア・ゾロです!!!」
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