007

 言われてよく見れば、黒い手拭いに緑の腹巻き、……なるほど確かに噂に聞いていた通りの服装だ。彼の代名詞でもある3本の刀は、取り上げられているのだろう、今は見当たらない。
 しかし、魔獣とは言い得て妙だ。怪我をしているようなのでその痛みのせいかもしれないが、あの鋭い眼光を見ればそう呼びたくなる気持ちもわかる。

「あれがそうか…。あの縄ほどけば簡単に逃がせるよな、あれじゃあ」
「ば…ばかな事言わないでくださいよ!!! あんな奴逃がしたら町だって無事じゃ済まないし、ルフィさんだって殺そうとしますよあいつは!!!」
「偏見…」

 コビーは完全に海賊狩りに怯えているらしい。……まあ仕方ないか、顔怖いし。「既に百人は殺ってます」みたいな鋭い眼光をされたらコビーでなくとも怯えるだろう。
 もうちょっと優しい顔は出来ないものか、と考えながらその男を眺めていると、不意に目が合った。

「!」
「おいお前、」
「ん?」
「ひい!!」
「ちょっとこっち来て、この縄ほどいてくれねェか。もう9日間もこのままだ、さすがにくたばりそうだぜ」

 にやり、と笑いながら海賊狩りが言う。9日間もこの状態…恐らく何も食べていないのだろうに、よく生きてるなと素直に感心する。流石に水くらいは与えられているのだろうか。私なら一週間が限界だ。
 私はルフィと顔を見合わせる。ルフィの表情は読みづらいが、恐らく今彼の体を拘束する縄を解いてやる気はなさそうだ。

「礼ならするぜ。その辺の賞金首ぶっ殺して、てめェにくれてやる。ウソは言わねェ、約束は守る」
「だ…だめですよルフィさん!! あんな口車に乗っちゃ…!! 縄を解いた途端僕らを殺して逃げるに決まってるんですからっ!!」
「だから偏見…」
「殺されやしねェよ」

 小声で叫ぶという器用なことをするコビーの言葉に、ルフィが口角を上げた。
 ああ、これは、負けず嫌いの顔だ。

「おれは、強いからね」
「……あァ!?」

 ルフィの言葉に、海賊狩りはドスの利いた声で唸りながら目つきを鋭くした。どうやらここにも負けず嫌いが居るようだ。どうでもいいが、コビーがさっきから泣きながら震えているので、殺気を振りまくのはやめてあげて欲しい。震え過ぎて塀から落ちそうだ。
 ポンと肩を叩いてやると、何とも情けない顔でこちらを見た。

「大丈夫ですか?」
「あはは…全く…」
「…そっかー」

 駄目そうだ。

 …それにしても、ルフィは海賊狩りが悪人かどうかどうやって確かめる気だろう。じっくり話をするにしても、この状態では少々難しい。あの男が多少でも頭が使えるのなら、自分が助かるために善人を演じる可能性だってあるだろう。

(まあ、オーラの色を見る限り、大丈夫そうだけど…)

 私に見えている物を、そのままルフィ達に伝えるわけにもいかない。私の異常性を理解してもらえるとも、理解してもらおうとも思っていないから。
 さあどうしたものかと思案していた時、ガタッ、とすぐ横で音がした。

 音がした方を見ると、塀に木製の梯子が掛かっている。はてな、下を見れば、10歳くらいの可愛らしい少女が、一生懸命梯子を登っているところだった。

「…ん?」
「え!?」
「しーっ!」

 ルフィ達も少女の存在に気付いたらしく、それぞれ不思議そうな声を上げたのを、少女は唇の前に人差し指を立てて静かにするよう促した。
 何をする気だ、まさか海賊狩りの顔を見物に来た好奇心の塊か。少女の行動を見守ってると、あろうことか少女は塀を乗り越えようとし始めた。咄嗟にその腕を掴んで止めるが、少女は何かを訴えるような瞳で私を見る。掴んだのとは反対の腕に抱える包みからは、ご飯の匂い。…なるほど。

 私は少女の腕を一旦離すと、体を捻らせて塀の上に立ち、少女を抱えて塀の中に飛び降りた。

「ちょっと、アメリアさん!?」
「…1人で行けますか?」
「うん!」
「じゃあ戻るときは言ってくださいね、抱えて登ってあげますから」
「あっ…ありがとう」

 慌てるコビーはひとまず置いておき、少女と帰りの約束をしておく。
 わざわざ梯子を持って来て登ったということは、この基地の塀は少女にとって高過ぎるのだろう。しかし降りるときは塀から直接飛び降りる他なく、そうすると基地から出る際、梯子のない状態ではこの少女は塀を越えられない。そのことを私に言われて初めて気が付いたらしく、「しまった!」みたいな顔をした。
 少女はそのまま海賊狩りの方へ近付いていく。私は再び塀の上へ飛び乗って、コビーの隣に戻った。

「アメリアさん一体何を…。というかきみ、危ないよ!」
「平気でしょう、海賊狩りは縛られてますし」
「あ、そ、そう言えば…」
「まあ足は自由なのであまり近付き過ぎると蹴られるかもしれませんが」
「だめじゃないですか!!」
「それにしても度胸のある子ですね。普通、あんな怖い顔した人に自分から近付こうとか、考えないと思うんですけど」
「話を逸らしてませんか!? ルフィさんも止めてくださいよっ!! あの子殺されちゃいますよ!!」
「自分でやれよ、そうしたいなら」

 そうやって言い合ううちに、少女は海賊狩りの目の前に辿り着いていた。

「おい何だてめェ。殺されてェのか…消えなチビ!!」

 いきなり酷い。
 普通の子どもならそれだけで泣いて逃げ帰りそうな恐ろしい声音だったが、少女は怯えるどころか明るく海賊狩りに話し掛けている。ここからは後ろ姿しか見えないが、きっと笑顔だろう。
 話している内容は予想通りのものだった。空腹であろう海賊狩りに、わざわざおにぎりを作ってきたらしい。初めてだけど一生懸命作った、と健気に言う少女に、しかし海賊狩りの態度はつれない。

「ハラなんかへっちゃいねェ!! そいつ持ってとっとと消えろ!!」
「でも…」
「いらねェっつったろ!! 帰れ!! 踏み殺すぞチビ!!」

 海賊狩りに怒鳴られ、少女はしゅんと肩を落とした。後ろ姿でもわかるほど落ち込んでいる。隣のコビーは「なんてひどい奴なんだ…!」と海賊狩りの言動に憤っているようだが(なお、本人に言う勇気はない模様)、私は正直別のことが気になった。

「9日間もこのままでくたばりそう、ねえ……」
「え? アメリアさん何か言いました…?」
「いえ、何も?」

 死にそうだと言うほど腹を空かせているのなら、海賊狩りが少女の厚意を無碍にする必要はないはずだ。さっさとあのおにぎりを食べてしまえばいい。それをしない理由は何だろう。
 子どもに助けられるのはプライドが許さない? 見ず知らずの私達には助けを求めてきたのに?
 子どもが嫌い? そんなことを言っている場合だろうか?

 さあ、ルフィはこれをどう見るか。何を考えているかわからない顔で、じっと海賊狩りと少女を眺める彼を観察していた、その時。

「ロロノア・ゾロォ!!!」

 不快な声が磔場に乱入して来た。
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