磔場を囲うフェンスの出入り口から、3人の男が入って来た。内2人は海軍の制服を着ているが、その2人を両脇に従えている男は、着崩した黒いスーツ姿だ。
「イジメはいかんねェ。親父に言うぞ」
そう言うのは、真ん中を歩く玉葱のような奇妙な形に整えられた金髪の男だ。遠目でしか見えないが、もしやあの服はブランド物ではなかろうか。
そこでふと、やけに活気のなかった町を思い出した。例えばさっきのレストラン。壊れた看板も椅子もそのままで、出された料理は安価で手に入る食材ばかりが使われていた。儲けを出すためには仕方がないのかと思っていたが、この様子では違うかもしれない。それに町民達の服。あの少女もそうだが、着ている服はかなり安そうだった。
それらと対照的に、良い身なりをして、威張り散らしている海軍関係者と思しき男。
…これは、想像以上に悪い事態かもしれない。
「また変なのが出たな」
「あれはきっと海軍のえらい人ですよ…変なのなんて言っちゃだめです。…よかったあの子殺されなくて…」
コビーはホッとしているようだが、私は全く安心出来なかった。だって、見るからに性格悪そうというか、性根が腐ってそうな男だったから。
「チッ、七光りのバカ息子が…」
「バカ? おい調子に乗るなよ。おれの親父はかのモーガン大佐だぞ!!」
…自分に関して話すのに真っ先に出てくる情報が「父親が海軍大佐なこと」である時点で、七光り以外に取り柄のないバカ息子だと認めているようなものだと思うのだが、彼は気が付いていないのだろうか。
バカ息子とやらはゾロの目の前まで来ると、そこに立ち尽くしていた少女の手にあるおにぎりをぱっと取り上げた。
「おやおやお嬢ちゃん、おいしそうなおにぎり持って差し入れかい?」
「あ! だめっ!!」
少女が止めるのを気にもとめず、男はおにぎりを頬張り…吐いた。
「ぷへェっ、まずうっ!!」
まあ…砂糖の匂いがしたから甘いのだろう。おにぎりには塩という固定概念を持って口に含んだのなら舌が驚いて当然である。しかし米は万能食だし、そういう味付けのものだと思えば十分食べられると思うが、バカ息子様はお気に召さなかったらしい。残りも奪い取ると、それを何度も何度も踏みつぶした。少女からは悲鳴が、コビーからは怒りの声が上がる。
土に塗れ、無残な状態になったおにぎりを前にして、少女はさめざめと泣き始めた。
「ひどいよ…わたし…、一生懸命つくったのに…!」
「あ〜あ〜泣くな泣くな! だからガキは嫌いだぜ」
やれやれ、と頭を振ると、バカ息子は側にある立て看板を指差した。
「悪いのはお前なんだぞ? ここに何て書いてあるのか読めねェのか。…「罪人に肩を入れし者同罪とみなす。海軍大佐モーガン」。…おれの親父の恐さくらいは知ってるよな。お前が大人なら死刑ってとこだ!!」
死刑という単語を聞き、少女が震え上がった。
まあ確かに、彼女の手助けをした私が言うことではないのだが、ロロノア・ゾロが本当に罪人ならば、基地内に無断で侵入し食事を与えるなど、下手をすれば犯罪者の仲間と見られ捕らえられてもおかしくはない。…本当に罪人ならば、だが。
どうやらこの基地の秩序は随分と乱れているらしい。"東の海"の辺境の小さな基地とは言え、この腐敗っぷりは如何なものか。
バカ息子の命令を受けた海兵により、少女は塀の外に投げ飛ばされた。海兵に見つからないよう塀から降りていたルフィが、少女を受け止める。流石にこの基地の良くない雰囲気を感じ取ったのか、その顔は少々険しい。
ルフィは暫く塀を、正確にはその向こう側にいるはずのバカ息子を見つめていた。やがて、バカ息子の声が遠ざかり、完全に聞こえなくなった頃、ルフィは塀に飛び乗った。
「ちょっ、ルフィさん!?」
「コビー、その子連れて行けよ。おれ、ゾロと話して来る」
「あ、私も行きます。コビー君先に行っててください」
「アメリアさんまで…!」
慌てるコビーを置いて、私は塀の向こう側へ向けて跳躍した。塀の真上を越えたタイミングで、くるくるくるっと三回転。
「おお、身軽っ!」
「どや」
「……なんだてめェら、まだいたのか。ボーッとしてると親父にいいつけられるぜ」
「ひゃー、それは大変ですね」
「絶対思ってねェだろお前。…何か用か?」
"海賊狩り"は胡乱な目つきで私を見やった後、ルフィを見て問い掛けた。ルフィはそれにニヤリと笑い、目的を口にする。
「おれは今、一緒に海賊になる仲間を探してるんだ」
「海賊だと? ……ハン…! 自分から悪党になり下がろうってのか、御苦労なこって…」
訝しげだったその顔が、ルフィの目的を聞いて嫌悪に染まった。小馬鹿にしたような物言いに、ルフィが僅かに眉を吊り上げる。
「おれ達の意志だ! 海賊になりたくて何が悪い!!」
「あ、"達"じゃないです、この人だけです。私は違いますよ、違いますからね。ただこのままだと仲間にされそうなので、生贄…もといストッパーを探しに…」
「生贄ってお前…いや、いい。──で? まさか、縄をほどいてやるから力を貸せだの言い出すんじゃねェだろうな」
「別にまだ誘うつもりはねェよ。お前悪い奴だって評判だからな」
「悪い奴ね…。言っとくが、そんな条件ならこっちから願い下げだ。おれにはやりてェ事があるんだ!!」
そう言った"海賊狩り"は、真っ直ぐに私達を睨みつけていた。やりたい事が何かは知らないが、この男なら必ずやり遂げられると思わせる、力強い瞳だった。
「お前等に逃がしてもらわなくてもおれは自力で生きのびる!! 1ヶ月、ここに生きたままつったってりゃ助けてやると、あのバカ息子が"約束"してくれた。──なにがなんでも生きのびて、おれは、おれのやりたい事を成し遂げる!!!」
1ヶ月。
それは、普通の人間が飲まず食わずで生きていられる期間ではなかった。あの少女のように食事を差し入れてくれる者が何人もいるなら別だが、町の様子やバカ息子の発言を聞くにそれはなさそうだ。一度磔場に侵入者があったとなれば、警備も強化されるだろう。あの少女がまたここに来られる保証はない。
そのことを、バカ息子は当然わかっているはずだ。わかっていて、1ヶ月なんて馬鹿げた期間を言い出したに違いない。つまりあの男には、最初から"海賊狩り"を生かしておく気がないのだ。
「………ふーんそうか。でも、おれなら一週間で餓死する自信あるけどね」
「おれとお前じゃ気力が違う」
「えええ、気力でどうにかなる問題じゃないと思うんですけど…」
「ようは生きてりゃいいんだ。…もの好きな仲間探しは他をあたるんだな」
吐き捨てるように告げられて、ルフィは素直に踵を返した。その後ろ姿を暫し見送っていた"海賊狩り"だったが、ふと地面で潰れているおにぎりに目をやると、一瞬の躊躇いの後、俄かに口を開いた。
「おい! ちょっと待て!」
「ん?」
呼び止められたルフィが自分の方を向いたのを確認してから、おにぎりを顎で示した。
「それ…とってくれねェか」
「それって…このおにぎりか?」
「おう」
「まさか食うのかよこれ。もうおにぎりじゃなくてドロの固まりだぞ? いくら腹減っててもこりゃあ…」
「ガタガタぬかすな、黙って食わせろ。落ちてんの全部だ!!」
ルフィが渋々ながらも泥だらけのおにぎりを口の中に放り込んでやると、今にも吐きそうな顔をしながらも、必死におにぎりを咀嚼し、飲み込んだ。その際、ジャリジャリ、バリンと明らかに食べ物からしてはいけない音がしたが、それでも完食して見せたゾロはなかなかに漢だ。
吐き気をこらえつつ盛大にむせているゾロを、ルフィはじっと見つめていた。
「…だから言ったろ、死にてェのか?」
「ゴブッ…あ…あのガキに伝えてくれねェか…!!!」
「? 何を」
「『うまかった。ごちそうさまでした』、…ってよ」
「! ……はは!」
ゾロの"伝言"を聞いて笑ったルフィは、「わかった、伝えとく!」と言い残して走って行った。私はゾロと共にその後ろ姿を見送り、彼が軽々と塀を飛び越えた所でようやくお互いに向き直った。
「どうした、お前は行かねェのか」
「…1つ、予言して見せましょうか、ゾロさん」
「?」
「彼はあなたを仲間に誘いに来ますよ」
「…何バカ言ってやがる」
「だって、あなたいい人ですし」
「……」
「それではまた」
私は恭しく頭を下げて身を翻し、ルフィの後を追った。
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