彼女に宿る誰かの記憶の話
さて、突然だが、私には前世の記憶というやつがある。
いや、正確には記憶と言っていいものか。「知識」という表現が適切かもしれない。
それが私の頭の中に蘇ったのは3歳の頃だった。熱を出して朦朧としていた私は、ふらふらの体で階段を降りようとしてうっかり足を踏み外し────死の恐怖を目前したその瞬間、咄嗟に体を回転させて受け身を取った。
その瞬間は、何が起きたか分からなかった。
次の瞬間には、濁流のように知識が頭に流れ込んできた。
恐らくその情報量に頭がパンクしたのだろう。熱は長引いて、何日も寝込んだものだ。
ようやく熱が引いた頃には、私の頭の中には、3歳児が知る由もない知識があった。大学卒業レベルの一般常識、高い語学力、様々な武術等の肉弾戦の方法、資産運用のあ知識等々……。どこからともなく湧いてきたそれが、前世の記憶でなくて何なのか。
これらは当時過酷な環境に置かれていた私が生き延びるために非常に役立った。いや、きっと生き延びるべく死ぬ気で「思い出した」のだろう。実際受け身の取り方を思い出さなければ死んでたわけだし。
ただ、膨大な知識の一方で、恐らく私の前世であろうこの知識の持ち主がどんな人物だったのかは謎だ。
名前はおろか、家族構成、出身地、どんな友人がいてどんな人生を過ごして、そしてどんな風に死んだのか。何も思い出せない。ただ、思い出した知識の中に漫画やアニメ、ゲームに関するものがかなりあったので、多分オタクだったんだとは思うけど。
あと、語学の堪能さとか、どう考えても実際に足を運んで得たとしか思えない世界各国にまつわる知識とか、学習している一般常識のレベルの高さとか、かなり洗練された礼儀作法の知識とかを思うと、両家の子女だったんではないかと思う。女性だと思うのは、知識の内容が偏っていたからだ。女性の体に関する知識はきちんとあるのに、男性の体の知識は保健体育レベルなんだから、まあ多分女性だろう。
だが、それだけ知識があっても、やはり肝心の記憶は一向に思い出せないのだった。ただそれ以前はどちらかというと引っ込み思案で口数の少なかった私が、知識が蘇った途端に饒舌で明るく元気になったので、前世の人格の影響は多少なりともあるはずだ。だから恐らく忘れているだけなのだ。
もしかしたら心に傷が残るほど痛くて苦しい死に方をしていて、自分の心を守るために思い出さないようにしているとかかも知れないので、積極的に思い出す予定は今のところないけど。
何はともあれそれらの知識は、恐らく人より不器用な私がヒーローを目指すための、大きな助けとなった。私の二つのある個性のうちの一つ目すら、前世の知識なしでは持て余しただろう。二つ目なんて論外だ。
そう考えると幸いだった。
だが同時に思う。私の強さは「前世の知識」という「ズル」で成り立っているのだと。
……どうしても、「アドバンテージ」とは思えなかった。だって要するに、子供の中に大人が混じって同じ内容の試験を受けるようなものなのだ。これがズルでなくて何なのだ。
きっとこの先誰かに褒められても、それに素直に喜べる日は来ないだろう。
だけど。
『おめでとう────合格だ!!』
合格通知に入っていた小型のプロジェクターにより映し出された映像の中、No.1ヒーローがそう告げるのを見て、思った。
「今くらいは、喜んでもいいかなあ……」
この場にいたらきっと自分のことのように喜んでくれたであろう親友の顔を思い浮かべて、目を閉じる。
ここから先が、私のヒーローアカデミアだ。