同僚・有古の場合



03


 人は変化を恐れる生き物だと私は思う。今までやっていたのと同じはずの作業が今まで通りにならなければ不安になるし、大抵の人間はトラブルなんて嫌いだと思う。
 よって、恒例となりつつある同期の飲み会に例の無神経な同僚だけを呼ばないのは居心地が悪く、かと言って有古くんだけを参加させないということにもできない。顔を合わせればまた不快な思いをさせてしまうかもなんて心配はそもそも私が勝手に思い込んでいるだけだしそんな個人的な理由で他のみんなの予定を狂わせるのはやはり忍びなく――

 ――結局、あの飲み会の一ヶ月後の金曜日、私たちはまたいつもの店でいつものように集まってグラスを鳴らしていた。

「おっつかれぇ〜っす! わっしょーい!」
「わっしょぉーい!」

 普段通りを装いながら、私はちらりと彼の方を伺った。……今の所特に変わりはない、普段通り、一人だけ素面みたいな顔でまた新しいジョッキを空にしていた。

「きいてる? 神崎」
「え……き、きいてるきいてるぅ! えーと、この前菊田部長がキメキメのスーツにクリーニングのタグがついたまま出勤した話だっけ」
「ちっげーよ! てか待ってその話超気になる」
「あはは……」

 なんでもない風に笑って話をしていれば、ついに視界の端に彼と例の同僚が話しているのが入る。なにやら話しているその様子が気になって気になって仕方がないのだが、私の聴力ではなんの話かまでは全然わからない。

「それでそれで?」
「えーと……それがその時……うんと……誰だったかな……」
「なんだよ、歯切れ悪いな〜、飲みすぎたか?」

 そうかも? なんて言いながら手にしたビールを飲み干した。おかわり頼むね〜と店員に声をかけるふりをして彼らの方へ私は少し身体をずらす。
 それでもやはり話の内容はまったく聴こえなくて……それでも、彼の表情だけははっきり見えたのだ。
 すごく、悲しげな顔をしていたのが、はっきりと。

「…………有古くん!」

 私はアルコールに背を押された勢いで、大きな声で彼の名前を叫ぶ。肩をびくりと振るわせた彼と隣の同僚がこちらを振り返ったところで「実はさぁ」と私は適当な話を振った。

 ……振った、はずだとおもうのだが。
 彼らの方へと席を移ろうと立ち上がった瞬間、私の視界はぐるりと回る。あれ? と口にできたかできていないか、それもわからないままの私の背に衝撃が走った。あぁ、なんだか、いつもより天井が遠い気がする。そんなことばかりぼんやりと考えている。

 ――神崎! と、彼が私を呼ぶ声を聞こえて、私はそれに返事をすることもできず、ゆっくりと瞼を下ろした。