鯉登音之進の場合



05


 考えてみればそれはそうなのだ。どんな人間だって、なんとも思ってない相手を食事には誘わないし、服を買うなんてとんでもない。わかっている、わかっていたはずなのに、勝手な色眼鏡で「坊ちゃんはそういうもんなのかも」なんて決めつけていたのは私のほう。悪気があったわけではないとはいえ、これでは彼の気持ちを蔑ろにしていたととられても仕方がないような気さえする。
 気づくだろ、普通。きっと彼もそう思って誘ってくれたのだろう。
 それがわかっていなかったのが恥ずかしくて申し訳なくて……だけど、本当にそんな目で彼をみたことなんてなかった――はず、だし。

 ――たしかに、顔が良いとは思ってるけど

 顔の造形だけじゃなくてコロコロ変わる表情も見ていて飽きないし、初めて愛想笑いなんかじゃない笑顔を見た時なんてもう、懐かれて嬉しいやら可愛いやらでその日は私もなんか笑顔になってしまったし。

 ――意外と真面目だったり。

 仕事をちゃんとするのはもちろん当たり前だけど、それにしたって目の前の仕事によく向き合っていると思う。それこそ、立場に甘んじて適当な対応をしそうなものだと詮無いことも言われているのに。……私も、ちょっとそんな事を思ってもいたのに。

 ――紳士的で優しいところがあるのも、知ってるけど。

 ふとした時……部屋に入る時なんか、当たり前のように扉を開けて待っていてくれるし、この前も、着替える前の私の服が入った紙袋なんかを何も言わずに持っていてくれていたし。
 それにやっぱりなによりも……私の姿を見つけた時のあの嬉しそうな顔が、素敵なんだよなぁ。

「…………あれ?」

 これって、私――結構彼のこと、好きでは?

「………………あれぇ……」

 自覚をしてしまえば自分で自分を誤魔化すことなんて出来ず、熱くなる頬を押さえながら私はカレンダーを確認した。
 次の彼との打ち合わせは、一週間後の水曜日であった。