二節「「私」とは」



 揺れる馬の上で、私はふくれっ面を隠すことなく晒していた。

「ゆき、いい加減に機嫌を直せ」
「…………拗ねてません」
「そう言うということは拗ねているということだろう」

 ふぅ、と真後ろから土方さんがため息を吐くのが聴こえてきて、私はなんとも言えない居心地の悪さに唇を噛み締める。それでもこの可愛げのない態度を頑なに貫いているのはほとんどもう意地のようなものだった。
 夕張で牛山さんや尾形と別れ樺戸で落ちあうことになり、それで私たちは新たに白石とキロランケという男を共に山道を進んでいるわけなのだが……ここで問題が一つ、発生した。
 そう、馬が三頭しかいないのだ。

「……私、白石さんと乗ります」

 当たり前のように私を同じ馬に乗らせようとする土方さんから顔を背け、私は白石さんの半纏を軽く引く。
 その場にいる全員がぱちくりと瞬きを繰り返す中、差し出した手を下ろすこともなく土方さんは言葉を続けた。

「白石の馬はこの中で一番小さい、二人乗るのは難しいだろう」
「……じゃあ、永倉さん」
「永倉は家永と同乗する」
「むぅ……」

 ならせめて、家永さんみたいに私が後ろに座りたい、と懇願すれば「身長差を考えろ、それに前に乗っていた方が安全だぞ」と言われてしまい……。

「…………むぅ…………」

 そうして私は渋々、彼に抱えられるような形で乗馬することになったのだ。
 嫌なわけでは無い――重ねていうが、浮き立つ気持ちがないわけではない。
 それでもやはり、どうしたってこの状況は……。

(……子供扱い、だ)

 あぁ嫌というほどわかっている、彼の言う事はもっともで、そして決して彼が私のことを侮っているからそうしているわけではないことも。
 けれどなんだか、なんだかとても、とても……

『巣立ちのための――』

 茨戸で聞いた尾形の言葉が脳裏に蘇る。それと、幼い私を抱えるようにして馬に乗せてくれていた、父の笑顔。

「どうした、ゆき」

 振り返り見上げた土方さんの顔に父の面影が重なって……やっぱり私はこのままでは嫌だ、と下唇を噛んだ。



 その日の夜。未だ次の街へはたどり着かず、山間での野宿となった。
 火の番は永倉さんとキロランケさんがすると言うので、その言葉に甘えた私たちは少し離れたところで横になる。
 火を背中に当てるようにして寝転がった私は、私自身の影をじっと見つめながら一向に訪れない眠気に小さくため息を吐いた。

(眠れない……)

「ゆき」

 後ろの方から聞こえる私を呼ぶ声に思わず肩が震える。そんなふうに反応してしまっては寝ているふりも出来ず、ゆっくりと振り返り声の主である土方さんへ視線を向けた。
 じ、と私を見るその瞳は、暗闇の中でも確かに私を捉えて離さない。

「一人では寝られないか」
「そういうわけでは……」
「……こっちへ来い」

 彼が掛け布団のようにくるまっていた上衣を持ち上げ、懐を開いた。その様を見て跳ねる心臓の音が、少し恥ずかしい。

「……ひ、一人で寝られます! おやすみなさい!」

 半ば意地になっている私はそう声を張り上げ毛布を頭のてっぺんまで引き上げて、そっぽを向くようにして小さく丸くなった。ぱちぱちという燃えた木の割れる音に混ざって、「反抗期かな?」というキロランケさんの声がする。

「やれやれ」

 そう溢した彼は私に呆れているだろうか。そんな不安に胸が締め付けられるが、今更どんな顔をして振り返っていいかはわからず、私はただ、毛布の端を強く強く握りしめていた。