四節「芽吹く」
それは、網走へ向かう途中でのお話――
「なんで全裸なんですか?」
震える私の声。嬢ちゃんにはまだ早いか……と私の目を覆う牛山さん。しかし時はすでに遅く、私は先程視界に入ってしまった光景が理解できず狼狽えることしかできなくなっていた。
「いや、これには理由があって」
「ち、近づいてます!? もしかして杉元さん近づいてきてます!? や、やだ、怖い! 怖いよう牛山さん!!」
固く目を瞑った私は助けを求めて牛山さんにしがみつく。いや、だって、なぜか褌すら締めていない全裸の成人男性が二人、暗い室内、それに老人と少女。一体どんな言葉を聞けばこの状況を理解できるというのか。どうしたら怯えずに済むというのか。
「相変わらずうるせぇガキだな」
「なっ……! 尾形さんこそ相変わらず失礼な……きゃー!!」
聞き捨てならない暴言に振り向くとやはりそこには全裸の尾形さんが。思わず悲鳴をあげる私の視界を遮るように、土方さんが私と彼らの間に立つ。多分、私のためにそうしてくれたのだろう。
「話は後だ、まずは旅館に戻ったほうがいいだろう」
「そうだぞ杉元、怪我の手当てもしなくては」
「アシリパさんがそう言うなら……」
そんなやりとりを終え、彼らは一旦この廃旅館を後にした。目のやり場に困らせられることもなくなった私は、土方さんと目の前にいる都丹庵士という男が改めて今後のこと、土方さんの目的についての話を始めるのに、黙って耳を傾ける。
犬童天獄によって光を奪われたという彼は、焦点の定まらない瞳を空に向けたまま、土方さんの話に深く頷いていた。
(目が合わないのは、少し、怖い)
ふとそんなことを考えた自分に嫌悪感がする。彼だって好きでそうしているわけではないのに、そんなことを思うのは失礼なことだ。そんな私の後ろめたさに気づいたとでもいうように都丹という男が私の方へと顔を向ける。
「それで、そこにいる小さいのはなんです? 随分と声が高い……まだガキじゃねぇんですか」
ガキ、という言葉にムッとする私を見て牛山さんがあーあというような顔をした。そいつは言わないでやってくれ、とでもいうような。しかし心配には及ばない。私もここ数日でぐんとオトナになったもので、それしきのことでは怒ったりしないのだ。……しないのだ。
「あんたの孫か?」
「孫じゃないです!! 私は一人前の大人です!!」
「あーあー……」
続く言葉にはさすがに声を上げた私をなだめようと、牛山さんは私の背をポンポンと叩く。しまった、と肩を落としてももう後の祭り。土方さんを除く全員が優しい……温かな目で私を見ていた。
(こんなことでムキになったりしないんだって、決めたばっかりなのに!)
一人前の淑女はそんなことはしないのでは? と、永倉さんに言われた言葉が脳裏に甦る。悔しさと恥ずかしさで震える私に、唯一いつも通りの顔をした土方さんが問いかける。
「私の孫では不服か?」
「ちがっ……そういうわけじゃ、ないですけど……っ」
「なら良いだろう」
笑みをこぼす彼の顔を見ていつも通りなんかじゃないことを悟った。間違いなく楽しんでいる、この人は。
……しかし彼の微笑む顔を見れたことは非常に嬉しいことなので、私は二の句を紡げず黙るしかなかった。
「それで? その大人≠フお嬢ちゃんを連れ回している理由はあるんですかい」
「理由、か」
少しだけ引っかかる物言いにまたムッときたが、それよりも土方さんが何と答えるのかが気になった。私が無理にお願いをしてついてきているこの道行きではあるが、彼がそれをなんて答えるのだろうと……。
「まさか良い人だから、なんて言い出さないでしょうが……」
「――さて、な?」
「エッ……!?」
ぎょっとした顔をしていたと思う、多分、私も他の人と同じように。そうして楽しそうに微笑んだままの彼の横顔を見て、「ああこれは遊んでいるな?」と気づいたのも私だけではないはずだ。
それでもやっぱり熱くなった頬がすぐに冷めてはくれないくらいには、私は彼に、そういう意味でも惹かれていっているのだろうと、この時の私はようやく気がついたのだ。