六節「初恋とはつまり、このようなこと」



 そして訪れた、冬の始まりの日。
 
 乾いた空気が喉を枯らす。今日もまた、何をするでもなく私たちは焼け野原をただじっと見つめ続けている。

「……あの、永倉さん、土方さんたちは……」
「まだ姿は見えない」
「そんな……」

 何度聞いても変わりのない永倉さんの返答に、私は着物の袖を握りしめた。
 ――網走監獄への潜入から、今日で二日が経っていた。

「お前は永倉たちと待っていろ」
「! い、嫌です! 私も着いて……」
「だめだ」

 あの日、どうしても彼の役に立ちたいと志願する私に彼は首を横に振るばかりだった。何故、と聞けば足手まといになる、とばかり。私は私より小さなアシリパちゃんの小ささな背中を視界にとらえながら、「どうして私ばかり」と悔しさに込み上げる涙を必死に堪える。

「……これを」

 そんな私に渡されたのは私たちが所持している写しの一部。これは永倉さんに預けるはずでは? と顔を上げれば、彼は真剣な眼をしてこう言った。

「もしもの時、考えうる損失は最小限にしたい」

 だから数人で分けて持つべきだと言う。

「……私でいいんですか?」
「お前だから預けるんだ」

 頼まれてくれるかと言われてしまえば私は断る術もなく、黙って首を縦に振った。
 ……正直、今となってはその判断を酷く後悔している。無理にでもついていくべきだったのだ、例え結果がどうであろうとも。

(無事だろうか)

 無事に決まっている。

(苦しんではいないだろうか)

 当たり前だ。

(……帰って、これるだろうか)

 それは……――
 あまりの不安に押しつぶされそうになる私の肩を、永倉さんの手が優しく叩く。

「あと数日の辛抱だ」
「……! ど、どうして、わかるんですか? 数日、だなんて……」

 彼は、じっ、と監獄のあった場所から眼を逸らさず、静かにそう言った。だが私にとってそんな言葉は気休めにしか感じられず、そんな彼の横顔を睨みつける。

「だ、だって……出て、こないかも、しれないのに……!」

 言葉にした途端、不安が涙となって両目からこぼれ落ちた。ぽろぽろ、ぽろぽろと流れるそれを着物の袖で拭いながら、「もしかしたら」「だって」「もう」と意味の通らない単語ばかりが私の口から漏れる。

(嫌だ、嫌だ、そんなこと考えたくないのに)

 今ばかりは「子供」と揶揄されても否定できないくらい幼子のような声でしゃくりあげ、私は何度も自分の眼を擦った。ああ、情けないな、とどこか冷静な自分がそう思っているのに、涙は次から次へと止まらない。

「覚悟、あるって、言ったのに……私、わたし……」
「……ゆき」

 泣き続ける私の頭を優しい手が撫でる。もちろんそれは土方さんのものではなかったが、それでも彼にそうされている時のことを思い出すその体温に、私は永倉さんの顔を見上げた。

「ゆき、いいか、一番難しいことというのはな――信じて待つということだ」
「!」
「不安で潰れそうになることもある。……それでも、耐えなければ。あの人についていくのなら」

 ――あぁ。この人にはあるのだ、私にはないその信頼も。
 もしもの、その、覚悟も。

「……は、い」

 ……絞り出した声が震えたのは情けなかったからだ。自分自身のこの有り様と、今のさっきまで永倉さんも私と同じ気持ちのはずだと思っていたことが。
 それでももう、涙はこぼさなかった。少しでも彼等と同じであれる自分になりたかったから
 


 翌日、彼らは戻ってきた。各々に大小の傷を負いながら。

「永倉か」
「……ご無事で」
「土方さん……ッ」

 冷静であろうと思っていたのに、結局私は土方さんに飛びついた。わんわん泣いている私の後ろでは、永倉さんが「この娘ときたら、お腹をすかせた土方さんに美味しいものを食べさせてやるんだ、ってきかないんですよ」と私が持っていた握り飯の小包を見て笑っていた。

 土方さん、私わかりました。
 私もあなたと同じです、あなたが大切でたまらないのです。
 だから、無事でいて欲しい、だから、笑っていて欲しいのです。
 
 ……あなたが、好きでたまらないのです。