四節「好きな食べ物」
その日尾形さんが獲って帰ってきたものは、私の身の丈よりも大きな白鳥だった。
「これどうやって食うんだよ」
「ぶつ切りにして大鍋で炊く」
キラウシさんがそう言うのを聞いて、「そんな大鍋あったかな」と寺の炊事場をちらりと見る。運のいいことに大きめの鍋が二つあるのを確認し、分ければ一度で調理できるだろうかとそんなことをぼんやり考えていた。
「でもな、『白鳥を食べると将来白髪になる』と言われていて――俺は今も食べない」
「なんだよ、じゃあ土方さんたちしか食えねぇじゃん」
そうこうしてるうちにやれ誰が食うだ食わないだなどの話が進んでいて、結局レタッチリと呼ばれた白鳥の鍋は、土方さん、永倉さん、都丹さんだけが食べることになったらしかった。
「三人で食べるには結構量がありますよ」
「残りは明日にでも食べたらいい」
「そっか、まぁ、たしかに」
土方さんの言葉に納得した私は「それでは」と腰布を一つ肩にかけいつものように袖をまとめる。もう何度も自分でたすきを掛けてきたもので、自分で言うのもなんだが手つきは慣れた者のそれであった。
そうして私はキラウシさんと牛山さん(切断係)を引き連れて釜戸の前へと赴いた。
「そういうわけで、とりあえず水炊きにしてみました」
「美味そうだな……」
白鳥入りの大鍋と、それ以外。それぞれ場所を分けて配膳すれば白髪の三人以外はすごすごと肉なしの貧相なお膳の方へ腰を下ろす。「老いがそんなに怖いか」と茶化す永倉さんの声を聞きながら、私も同じように彼らの隣へ座り込む。
「うん? ……嬢ちゃん、なんでそっちに座ってんだ」
牛山さんが私の方、白鳥の大鍋がある席を指差して意外そうな声を上げた。そりゃとうぜん、美味しいものが食べたいからですね、と私は何を気にすることもなく簡素に答える。
「白髪になるぞ」
「別にいいです。……そしたら土方さんとお揃いになるので、むしろ嬉しいです」
正直な話これは本心半分、食欲半分というところだった。白髪はそこそこ嫌だけど、お揃いは確かに嬉しいし。だけどそれより何より調理中からずっと白鳥というのはどんな味がするのだろうと考え続けていたことの方が大きくて……。
「お前らよりこの娘の方がよっぽど肝が据わっている」
そんなことを言っている永倉さんの言葉に少しだけ気まずさを感じながらも私は取り分けた器を三人へと渡し、次いで自分の分もよそい私はゴクリと喉を鳴らした。
「いただきます」
少し不恰好なぶつ切りの肉を口に入れる。鶏肉……とはまた少し違うような似ているような食感と、また似ているような、少し違うような味わいが口いっぱいに広がった。
「……! おいし……はちち」
ぱぁっと私の顔は華やいだのだろう。こちらを見ていた土方さんと永倉さんが目尻を下げ微笑んでいた。まるで小さな犬猫やら子供を見ているのと同じ顔で。
それに気づいた私がハッとして目を逸らすと、頭上からは「ゆっくり食え」という土方さんの柔らかな声が降ってきた。
「今日は横から全部食べられることもないだろう」
「うん」
目線は戻さないまま素直に頷く私に満足したのか、彼はまた少し笑ってから自分の箸を動かし始める。私も未だ消えない羞恥心を堪えながらもう一口、もう一口、と箸を進めていたが途中でふと視線に気がつき顔を上げた。そうするとなぜか私をじっと見ていたらしい土方さんと目があった。
「な、なんですか?」
「いいや、美味そうで何よりだ」
「はっ」
私ではないところから鼻で笑う声。気だるげな低音のその声は尾形さんのもののようで、続けて呟くように「色ボケジジイ」という明らかに土方さんに向けたであろう誹りの言葉が聞こえた。
「なんだ鼻垂れ小僧、おかわりが欲しければよそってやろうか」
「必要ねぇよ」
目を合わせることなく行われたそのやりとりで空気が一瞬だけひりついた。滅多にないその状況に思わず肝が冷えたが、そこはそう、二人とも大人なので、すぐに何事もなかったかのように食事は再開される。
「珍しいですね、言い返すの」
隣に座る彼にこっそりと耳打ちでそう伝えると、彼はこちらを一瞥し数秒黙り込んだのちに「……少しむきになってしまったかな」と私から目を逸らす。そして話はこれで終わりとでもいうようにまた鍋へ箸を伸ばした。
「え。……あっ、えっ……?」
それが彼の照れ隠しであることに気づいた私の口からは素っ頓狂な声が漏れる。その様子がどうにもその、可愛らしく思えてしまって……煮えた蒸気のせいだと言い訳もできないほどに、私の頬は熱くなってしまっていた。
――この日以降、私の好きな食べ物には「白鳥」の二文字が追加されることになった。