貴女は気づいた


 どうしたの? と、彼女は有古に声をかけた。
 最近どこか上の空であった同期を、心配しての言葉だった。

「いいや、なんでもないんだ、なんでも……」

 そうはいうものの表情は晴れない。優しくて嘘がつけない彼のことだ、きっと心配させまいとそう言っているだけなのだろう。
 役に立てるかわからないけれど、話すだけで楽になることもあるはず。彼女はそう言って半ば無理やり彼を食事へと連れ出した。なんてことはない、よくある同僚同士の昼食だ。普段もよくあることで、彼女にとっては仕事の愚痴を聞くくらいの心持ちであっただろう。
 彼の口から、こんな言葉が飛び出すまでは。

「お前のことが好きだ」

 からん、とやけにわざとらしい音を立てて落ちるスプーンが、安っぽい恋愛映画のワンシーンのようであった。彼女はそんなどうでもいいことを頭の片隅で考えながら「何の話」と声を震わせる。

「好きだ、と……すまない、こんなふうに、伝えるつもりはなかったんだが」

 彼女は首を微かに横に振り、いいや、私が言わせてしまったから……というような言葉を絞り出した。動揺を隠せていないままに、すでに空になっているコーヒーのカップに口をつけている。それも仕方のないことだ、彼女にとってこの告白はあまりに予想外のことであったから。

 仲の良い同期、歳も近くて、話も合う。仕事に対しても人に対しても真っ直ぐで真面目で……人として、好感の持てる相手、というだけだった、彼女にとっての有古力松という男は。今、この時まで。
 しん、と二人揃って口を閉ざした数十秒後、先に口を開いたのは有古の方だった。

「……最近、他にもお前のことが好きな人がいるのを知った」

 彼女は落としかけたカップを膝で受け止めて、さらに狼狽した様子で再度「なんのはなし?」と繰り返した。

「名前は、言えない。……でも、俺は譲る気はない」

 彼はまっすぐ彼女を見つめる。その視線が揺るがないのは、悩んでいた彼が覚悟を決めた証だったのだろう。彼女もそれをわかっているのか逸らすことはしなかった。
 瞬きすら忘れるくらいの熱い眼差しを一身に向けたまま、彼は続けた。

「返事は、待って欲しい。……ケジメだけはつけたいんだ」

 お前には迷惑な話だろうけど、と少し申し訳なさそうに目を伏せる彼は、先ほどの熱烈な告白をした男と同じ人物には見えないほどいつも通りだった。――しかしあの有古の真剣な熱を知ってしまった彼女はきっと、この日の午後の業務には身も入らなかったことだろう。