宣戦布告


「俺、あの子に好きだと言いました」

 風の強い日だったと思う。相談したいことがあるのだと有古が俺に声をかけたのは。
 じゃあ飯でも、いえ、そんなに時間は取らせませんので、そう? ならタバコでも吸いに行くか……そんなやりとりがあった後、俺たちは会社のはずれにある喫煙室へ入った。ここは大分俺たちの部署とは離れているし、近くのフロアには喫煙者がいない穴場のような場所だった。少し人に聞かれたくないような相談だとか、たまには一人で一服したい時なんかに訪れることが多いような。
 今日もいつもと同じく閑散としているその場所で、まずは一服と火を点けた直後の言葉がそれだった。

「……菊田さんもあの子のこと好きなのは知ってました、けど、俺は諦める気がなかったので」
「馬鹿いうんじゃねえよ」

 誰が誰を好きだって? 誤魔化すように吐いた煙は俺の引き攣った口元をうまく隠してくれたであろうか。動揺も困惑も全て飲み込んで、俺は「なんでそう思うんだ」とまっすぐな瞳を見上げて言った。

「わかりますよ、同じですから」
「そうかよ……、……ならよ、仮にそうだったとして……なんで、それを俺に言ったんだ?」

 黙ってりゃあいい話だ。もし本当に俺が――本当は俺もあいつのことが好きだと知って、わざわざ宣戦布告する理由はなんだ。俺には皆目見当もつかない。そんなもん、あいつも気づかないうちに上手い事自分のもんにして、事後報告なり何なりすればいい。いや、報告すら、する義務なんてねえだろう。
 俺ならきっとそうする。……その相手が、あいつとお前じゃなかったなら、きっと、そうしていた。

「俺は……俺は、あんたのこと尊敬してる」
「はは、何だ突然、今はそういう話じゃねえだろう……」
「いいえ、そういう話です」

 決して広くはない喫煙室で、俺の周りには普段以上に紫煙が溜まる。換気扇でも壊れているのかと思ったが、すでに半分を切っていた一本目のタバコと、思っていたよりずっとスローペースな長針が俺の視界の端でその理由を主張しているようだった。

「――俺は、貴方に嘘は吐きたくなかったので。でも、引くつもりもありません」
「……そう」

 全部お前の勘違いだよ、俺はお前らのこと応援してる――と、伝えるつもりだったのに。

「んー……なぁ有古」
「はい」
「お前、あいつのどんなとこが好き?」
「は……そう、ですね」

 笑顔が、と恥いるように有古は呟く。

「笑った顔が、好きです。花が咲くような……ずっと笑っていて欲しいと、思う」
「そうか」

 嗚呼、本当にさ。お前は眩しいやつだよ、有古。
 俺はすっかり短くなった白筒を灰皿に押し付けて、胸ポケットからもう一本を取り出した。何を言わされているのかと戸惑う有古を横目に、俺はジッポのホイールに指をかける。

「――俺も、そう思うよ」

 嘘を吐きたくなかったと吐いた男の前で、俺は自分自身を騙すことはできやしなかった。