二階堂 浩平


 あの兵隊さんが、私を探しているのだと言う。

 同僚からそんな話を耳にして、私は少し小走りで彼のよく使っていた病室へと向かう。すれ違う白衣の先生方の表情がいつも通りということは、きっと前のように何か壊したとか、騒いで誰かに怒られているわけでもなさそうだ。
 それでも私の足は止まらず、早く早くと彼の元へ向かう。通い慣れたその扉を開ければいつもの笑顔で「お姉さん!」と義手を振る彼がいた。

「二階堂さん! どうしたんですか? またお怪我でも」
「ううん、違うよ、今日は大丈夫」

 私は不安を隠せず彼の全身をジロジロと見回す。

(だって初めて担ぎ込まれてきた時、貴方両耳がなかったんですよ? それから、次は片足、その次は片腕……)

 今度はどこをなくしてきてしまったのかと思うじゃあないですか。と、兵隊さんにそんな不謹慎なことは言えず、私は「それならいいんです」とほっと胸を撫で下ろした。彼はいつもよりかは少し落ち着いた様子で「お礼を言いにきた」とニコニコの笑顔で言う。

「お礼、ですか?」
「うん、お姉さんにはお世話になったから」

 そう言って右手が差し出された。私がてっきり握手なんだと思って同じように手を差し出すと、突然、彼の義手の中指がぱかりと空く。お箸入れになっていると聴いていたものでそれが飛び出てくると思い込んでいた私は驚き、きゃっ、と思わず小さく悲鳴をあげて手を引っ込めてしまった。

「じゃーん」
「……って、あれ? これは……お花……?」
「お姉さんにあげようと思って!」

 そこから出てきたものを見て私はまた目を丸くする。素朴な白い花が一輪、そこからは顔を覗かせていた。
 それを受け取り素直にお礼を口にすれば、彼は嬉しそうにまた頬を緩ませ、「うん」と子供のような声色で嬉しそうな顔を見せる。

 ……鎮痛剤《モルヒネ》の多用により多少°Cをおかしくしてしまう患者を見たことがないわけではない。しかし彼のこれはきっとそれだけでは……これまでに、どれだけの辛い思いをしたのだろうと、私の心は時に痛むことがある。これはきっと、他の誰でもなく、彼のことを思う時だけに……

「お姉さん、それじゃあまた、今度ね!」
「今度って……もう、またお怪我の予定が?」
「そりゃあだって、俺、軍人だし」

 にこにこ、にこにこ、彼は笑顔のままそう言った。
 そうですね——と、返事をしたかったのに、私はそれを口にはできなかった。

「……それでも、怪我なんて……しない方が、いいんですよ、本当は……」

 思わずこぼした言葉に空気がしん、と静まり返る。気まずい時間が二、三秒と続いたところで、先に声を出したのは彼の方だった。

「そうだね、でも——俺が怪我しても、きっとお姉さんが治してくれるから、俺は大丈夫だよ」
「!」

 ——まったく、彼には驚かされてばかりだ。
 彼に釣られるように私も顔を綻ばせる。それじゃあ、二階堂さんの分は特別ベッドを空けておかなきゃですねと笑う。彼はそれを聴いて満足げに頷いてから元気に手を振り踵を返した。

 その背を今も覚えている。最後にみた、その姿を。