五条と勝気な先輩


ようやく帰ってこれた…。赤い鳥居を見上げてほっと息を吐くと、左腕が油断するなよと言いたげにズキンと痛んで、早いとこ硝子に直してもらおうと棒立ちしていた足を動かして階段を上る。
今回の任務は三泊四日でなかなかハードな討伐スケジュールだった。鳥居を登りながら硝子の所在を尋ねるために携帯を手に取る。

「――弱小先輩まだ生きてたんだ」

携帯に影がかかった途端、生意気な後輩の声が聞こえて足を止める。「弱小先輩」そんなこと言うのは一個下にいる白髪の後輩、それ以外に思い浮かぶヤツがいなかった。
硝子に高専に滞在かどうかの確認の連絡を入れて顔を上げると、数段上で西日を背に浴びる思った通りの人物がそこに立っていた。顔は逆光になってはいるが、口元が愉しそうに歪められていることぐらいはわかる。

「…悟」
「良かったねー、現場に命置き去りにしなくてさぁ」
「そうだね、良かったよ。帰宅早々クソ面見て舌打ちできるくらいには元気があって」

一歩、また一歩と階段を上り、悟が立っている段を通り越す。「ねぇ」後ろからまたアイツの声がして、スルーしてやろうかとも思ったが存外真剣な声だったから渋々振り返って付き合ってやる。
いつもは見上げてばかりだったが、階段差で私の方が高い位置にいるため、悟は上目遣いで私の顔を見上げた。透き通った青がオレンジ色の光をたっぷり含みながら私を捉える。まーた余計な物でも見てるんだろう。

「"何連れてきた"?」
「さてね」

肩をすくめて悟に背を向けて歩き出す。めんどくさいな、アイツの目。


◼︎


「どうしたもんか」

スタスタ廊下を歩きながら包帯に巻かれた左手を見て、またその腕を下げる。

反転術式を得意とするひとつ下の可愛い後輩のところに行った帰りだ。「うっわぁ、見事に呪われてますねぇ名前センパイ…」心底気持ち悪いものを見たと言いたげな表情を浮かべた硝子はこの腕が反転術式の範疇じゃ治せないと語った。とりあえずと私の左腕に包帯を巻いてくれた彼女にお礼を伝え、どうしたもんかととりあえず着替えに寮へ向かっていた。夜蛾センか日下部サンに後で聞いてみるか。

あーお腹すいたな、冷蔵庫なんかあったっけ、

「ーーッ、うっ」

突然左腕が焼けるような痛みが走り、右手で押さえつける。沸騰した湯にでも突っ込んだようで、痛いのか冷たいのか分からない。

「あ、っ……づ…!」

咄嗟に目についた水道に飛びついて蛇口を思い切り捻り、水流に腕を突っ込むが熱が収まらない。まずい、どうすれば。
水流で捲れた包帯の隙間から、素肌が露になる。赤黒い紋様が広がるそこに向かって呪力を注いでいくが、ちっとも引く気配がない。

「…ぐっ、!?」

真横から伸びてきた手がその左腕を掴んだ。その手も次第に水に濡れて、黒い学ランの袖が水分を含んでいく。横を見上げると悟がいて、私と目が合うなりきれいに両口端を吊り上げてニヒルに笑った。

「……ッ、悟…!」
「なーにやってんだよ先輩」
「うるさい…!離して!」

悟の腕を自由な腕で押しのけるが、びくともしない。それどころか、肩を寄せ付けられてぴったりと悟に密着させられてしまう。後ろから抱き込まれているような状況につい、「今お前に構ってる余裕ないんだよ!ふざけるのも大概にしろ…!」そう口に出しかけた時。

「勝手に呪われてきやがって。……ふざけんじゃねぇよ」
「う、」

チリ、と流れ込む悟の呪力に血の気が引いた。術式使われたら腕を吹っ飛ばされる、そう思った瞬間悟の呪力が放たれて、つい反射的に目を瞑った。


「――えっ?」


恐る恐る自分の腕を見ると…ちゃんと付いていた。相変わらず悟の大きい手に掴まれているが、呪いの気配と赤黒い紋様が消え失せている。ただ、自分以外の呪力がそこに居座っている感覚があって、自分の腕だけどなにか違う、そんな奇妙な違和感を覚えて自分の腕を凝視した。
試しにぐーぱーを繰り返してみるが、別に問題はない。痛みも全然ない。なんだこれ。頭の中でありとあらゆる疑問が浮かび続けていると後から悟が鼻で笑う声が聞こえ、耳に微風が吹いてゾクっとした。

「ウケる」
「…は?」
「先輩カワイソー」
「……アンタ…一体何して」
「俺以外に呪われたりなんかするから俺に呪われちゃったね」

なんだそれ、つまり、なんだ。さっき私の腕の中にいた現場で憑りついた呪いが悟によって祓われて、さらには悟に呪われたってこと?

「な、何してんのアンタ!!!?」
「だってすっげームカついたし」
「はぁ!?なんで…」
「俺以外に呪われたりなんかするからっつったじゃん」
「それはさっき聞いたっつーの!理由になってないから!解いて!てか、解け!」

鉄肘で後ろにいる悟の腹をど突いてやるが、後ろでケタケタ笑う声しか聞こえない。その間自分の呪力をそこにぶち込んでみるが、悟の呪力はちっともそこから退く気配がなくて茫然とする。マジか。コイツ、マジでか。呪術師に呪われるとか、そんなことある?

「解呪方法は弱小先輩でも楽勝だよ」

肩に回されていた手が顎に触れて、顔を上げさせられる。顔近、とか思っていたらまた悟が笑う。

「――俺に惚れたら解呪大成功」

ちゅ、と唇にヤツのそれが触れた。


―――――

この後、解呪大成功。でも、心が囚わ呪われた。