夏油と極ノ番 前篇


※流血表現あり。
※ムード壊さないように先に言っておきます、たぶん続く。
※not 死ネタ。


もうすぐ季節が変わろうとしているのか、最近はやたらぐずついた天気が続いていた。湿気を吸いあげた古びた木と、年季を感じさせるの独特の埃っぽい臭いを放つ古びた校舎の一室で黒板を叩くチョークの音がやけに響く。

「――いいかお前たち。呪術戦の頂点、領域展開以外にも実は術式の奥義とも呼べるモノが存在する。その名も極ノ番だ」

深緑の黒板に白いチョークで荒々しく書かれた極ノ番の文字に手が叩きつけられて空気が震えた。
へぇ、と頬杖をつきながら手元のノートに同じ文字を書き加える。ゴクノバンか、初めて聞くな。
私が持つ術式――呪霊操術にも存在するのだろうか?存在するとして果たしてそれは一体…一人思案していたら右にいる悟が笑った。

「ははっ、奥義?ダッサ!領域展開が最強っしょ」

悟がそういえば今度は左にいる名前が笑う。

「はっ、そう言ってると足元掬われるよ五条」
「は?やれるもんならやってみろよ名前。指一本俺に触れねーくせに。この雑魚が」
「誰が雑魚だって?」
「メンチを切るのは自由だけど私を挟むのはやめてくれないかな二人とも」
「寧ろやめさせてくれ夏油」
「無理ですよ。いつもこうじゃないですか先生」

黒板を背にして立ち、いつものように歪み合う名前と悟の様子にため息を吐くのが担任の夜蛾先生。私達側から黒板を見るようにすると、左から硝子、名前、私、悟の席順で、名前と悟が口論すれば自然と私が板挟みになる。というか、悟が体をこちらに向けて座るせいで私にメンチを切っているのかと錯覚しそうになるからいい加減その座り方やめて欲しい。

「……まぁ、確かに自分の生得領域に引きずり込む領域展開は呪術戦で言う最強の地位は譲らないだろうな」
「ほら見ろ!」
「ぐぬぅ」

「それより体を前に向けろ悟。喧嘩を売るな名前」「「ハイハイ」」「ハイは一回!」悟、名前、夜蛾先生のやりとりを横目に手元のノートに最近取り入れたのオウムガイのような巻貝の風体をしていた呪霊の絵をその横に描いてみた。

「で、だな、技の出力を最大限に上昇させたものを――」

夜蛾先生が名前と悟に鉄槌を下した後は極ノ番の話の続きは無くなってしまった。


◼︎


「思ったよりあっさり終わったね」
「そうだね」

手中にある黒い玉を手にしながら名前のセリフに同意を示した。私と名前に宛がわれた二級呪霊の討伐任務だった。
さて飲むかと降伏状態になった呪霊を見ては内心軽く決心するが、先刻から感じる名前の視線にやはり耐えられず自分よりうんと背の低い彼女を見る。くりっとしたどんぐりまなこと視線が絡んだ。

「…見られてると飲みづらいんだけどな」
「いいじゃん、私達の仲じゃん」
「どんな?…まぁいいけど」

好意を寄せている女の子の手前、見苦しい動きはできまいと涼し気な顔をしていつものように黒玉を飲み込み、ゆったりとした動作を心がけて何事もないフリをする。不味いものがしっかり食道を通り抜けたところで一息ついた。これで千十ニ体目。

「夏油はさ、興味あるの?」
「うん?」

何の話なのか全く脈柄を掴めずに混乱していたら、「極ノ番」と名前が続けて言う。あぁ…昨日の夜蛾先生の授業の話らしい。

「なぜ?」
「昨日極ノ番ってメモ取ってからずっとオウムガイみたいなぐるぐるした絵描いてたし」

……見てたのか。あれだけ夜蛾先生と悟と散々騒いでたと言うのに。意外な話を聞かされて少し動揺したものの、短く息を吐いて「最近取り入れた呪霊だったものでね、つい」と答える。

「その後もなんか上の空だったから極ノ番に興味があるのかと思った」
「この仕事やってて自分の術式の奥義に興味ない呪術師がいるのなら教えてほしいものだね」
「言えてる。夏油の極ノ番ねぇ…五条よりも強そう」
「そう言ってもらえるのは素直に嬉しいけどそれ悟の前で言ったらだめだからね」
「はーい」

悪戯っ子のような笑みを浮かべた彼女はくるりと後ろを振り返って、戦闘の影響でひび割れ盛り上がった地面を軽い足取りで渡り歩く。その辺にいそうな女子高生が荒れた地を歩くその光景は呪術師からしたら日常茶飯であろうが、これを非術師が見たらなんと思うのだろうなと少し考えた。

「うわ、」
「どうした?」
「雨降ってきた!」
「あぁ、今にも降りそうな空だったしね」

慌ててこちらへ駆け寄ってくる名前が可愛らしくてつい顔が綻ぶのを自分でも感じていた。しかしそう悠長なことも言ってられないな、このままでは風邪をひいてしまいそうだ。

「名前。今日は呪霊に乗って帰ろうか。補助監督には道中説明しよう」
「えっ、珍しい!いつもなら目立つからダメって言うのに」
「たまには、ね」
「夏油のそういうとこ好きだよ」

一瞬体が強張ったものの、「……えっと…今のはアレ、優等生に見えて案外悪いとこあるところがってことね!」と続けて言われてため息をついた。そうか、そういうことね。

「え?なに?どうした?」
「……いいや、なんでもない」

無自覚だろうが気軽にそう言う台詞を言うんじゃないよ…。呪霊を取り出すべく手を宙に翳した瞬間、ぬるりとした呪力の気配を全身が感知した。

「「!」」

名前も同時に感じ取ったようで互いに背中を合わせて構える。

「…夏油クン今日は呪霊食べ放題の日かな?」
「嬉しいような嬉しくないような、なんとも言えない気分だね」
「たまにはチートデーも良いのかもね。…近いよ」

微かな地響きに呪力の在りかを探る……「下!」短くそう言い、咄嗟にその場を離れると、立っていた足場が陥没した。その割れた地面を注視していれば、野太い雄叫びを上げながら地面から姿を表した呪霊。

「うーわ、マジ?」
「一級、最悪は特級クラスだろうね」

呪霊の姿を見据えながらさてどうするかと思案。私は一級、名前は二級だ。ここは冷静に考えて名前に補助監督へ応援要請に行かせた方が得策か。
不意に雨のにおいに紛れた血のにおいに鼻をスンと鳴らす。「名前…?」と彼女を見ると、予想だにしなかった光景に自分の目を疑った。

「……ははっ」
「名前?」
「やば……ちょー痛い」

けふ、と小さく咳き込んだ名前の口元から鮮血が溢れでた瞬間、条件反射で飛行能力のある呪霊を呼び出し、名前の体を掻っ攫う。

「名前!」

抱えたと同時に気づいたのがいつの間にか腹に刺さっていた杭。呪霊のものか…!
引き抜こうとして咄嗟に伸ばしかけた手を止めた。いや、抜いたら失血死の可能性がある。

「げ、とう」
「喋るな名前」
「あのね」
「だから…っ!」

ぐっと胸ぐらを掴まれて顔を引き寄せられる。雨音に紛れて「お願い…っ、」切羽詰まった名前の声と吐息が直接耳に触れた。

「ずっと、……好き、だった…んだ」
「は?」
「……ごめ、んね」

それは……何に対しての謝罪なんだ。胸ぐらを掴む手の力が緩くなり、名前との距離が少し開く。

腕中で今もなお口から血を吐き出す名前が薄く微笑む。ゆっくりと抜けていく力、徐々に増える腕への重み、か細くなる呼吸。雨が、遠慮なく降り続ける雨が名前の顔を濡らしていく。

それからゆっくり目を閉ざしたのを見届けた瞬間、理性がはじけ飛んだ。

「……ぶっ殺す…」

感情と口が直結したように腹の底から込み上げてきた素直な言葉だった。

「――"極ノ番、」

途端に名前との会話で、「オウムガイみたいなぐるぐるした絵描いてたし」なんて言った彼女のセリフがフラッシュバックした。



「うずまき"」