手掛り気掛り
「大丈夫、いつも君に張り付いてるだけで何も悪さはしてないよ」
「ばく、さん……?」
悪さしないと言われて名前は再度落ち着いて肩を見ると、貘は名前の様子を伺うように首を傾げながら『きゅ』とひと鳴きした。よく見るとくりっとした眼差しが可愛らしい。
「ああああよかったー…びっくりしたぁ…!」
名前は安堵してそう言うと体の力が抜けて再び床に這いつくばった。とはいえ、下には先ほどから五条がいるわけで、名前は五条の腹に擦り寄るような形になる。
「っオイ」
「あっ、すみませ、」
五条が息を呑む声に名前は自分の状況を把握して慌てていると「苗字さん、はい、手」夏油の大きな手が差し出され、それを掴み立ち上がる。
「げほっ、げほっ!!」
物怪の正体を知り安堵したのか、名前は散々騒いだ反動で激しくむせ始め、夏油が優しく彼女の背中を摩った。
「名前ちゃん大丈夫か…?」
「折山さん、すみません何か飲み物お願いできますか?苗字さん、部屋戻ろうか」
階段から聞こえた折山の声に夏油は飲み物を頼むと、名前の背中を押すようにして再び自室へ入るように誘導。彼女をベッドに腰掛けさせ、すぐに折山が持ってきた飲み物を手渡した。
「はい」
「あ、りが……、ござ、ます」
「…酷い声だね」
元々呪いに充てられて体調を崩したところに更にあぁも叫び喚くとなると喉はより悪化。「あんなに叫ぶからだろ」五条が言うと名前は何か反論をしたがっていたが、声を出せないのか、不満な表情を浮かべたまま飲み物に口をつけた。
しかし喉が痛いな。名前が無意識に喉元を摩ると五条の目が動く。
「ん?何これ」
「んぐっ」
五条は名前の喉元に視線を送るなり、突然彼女から飲み物を取り上げては顎を掴み、遠慮なく上を向かせた。「悟…」隣で夏油が叱るような声を出すも、五条は気にも止めずに名前の晒された白い喉を撫でた。
「お前何コレ」
「…?」
五条が悪戯に名前を掴んでいるわけではないと分かった夏油は、五条の横から名前の喉元を眺めた。あの夏油までもがまじまじと眺めているとなると、悪戯されているわけではないのかと名前はしばらくそのまま大人しくすることにした。
「紋様…呪印じゃないか」
名前の喉には黒い刺青のような紋様、呪印が描かれている。「体に異常は?」夏油がそう問うと名前は一瞬口を開きかけたが、それから近くにあったノートとペンを引っ掴み『喉がちょっと痛いのと、さっき熱測ったら微熱があったくらいです』と書いては二人に書き記す。
その様子を見た五条は貘の仕業を予測したが、六眼は貘の呪力とは違うものであると感知。
「どう思う悟」
「多分まだ呪われてんな。指の呪いは祓ったけど、別の呪いがかかってる」
「…?」
名前は再びノートに『指の呪いってなんですか』と筆記すると、夏油はポケットの中から木箱を取り出し、それを名前に見せた。
——これ、何かヤバい。私の勘が言ってる…!
両面宿儺の指に纏わりつく呪力が見えているのか、名前はベッドの上で少し後ずさりをした。
「これは呪物と呼ばれるものでね、両面宿儺という呪いの王の指が入っている。君が最近体調を崩していたのはこの呪いのせいみたいなんだ。君に妬み嫉みを持った子がこれを使って君に呪いをかけてたみたい」
「…!」
「けどもう大丈夫。指は回収したし君にかけた呪いも解いてある」
「――苗字。お前、ここまでどうやってきた?堤とかいう教師、どこ行った?」
五条の真剣そうな問いにノートにペンを走らせる。
『先生に車で。車に乗ってたら寝てて、気付いたら家の前でした。先生はもう今頃学校かと…?』
「…それだけで済んでいるのが返って不気味だな」
「あぁ。でも今のところ他にヤバそうなとこはなさそうだな」
「?」
「お前、あの教師に気をつけろよ」
立ち上がって部屋を出ていく五条を見送った後に、名前は何か考え事をする夏油に恐る恐る手を挙げ、ノートに『堤先生がどうかしたんですか?』と書き上げた。
「この指は非常に危険な物で、本来然るべき場所で保管されていなきゃいけないものなんだ。そんな指を堤先生が持っていて、君に妬みを持つ子に渡した可能性がある」
「!」
「それから、はっきり言ってその喉の呪いも……その教師が原因である可能性が高い。何か心当たりは?」
名前は困惑の表情を浮かべながら顔を横に振る。まさか一年時の副担任の教師が自分に呪いをかけたのか?裏切られたような、まるで胸の内を抉られたような錯覚に暫し呆然とした。
「…明日は私と悟が堤先生を徹底的にマークしておく。明日、君は学校を休んでいてほしい。頼めるかな?」
名前は夏油の提案について、素直に頷く他なかった。
◼︎
翌日、指示通りに学校を休んだ名前は喫茶店の手伝いをしていた。その様子を折山は不安そうに見守る。
「名前ちゃん…調子万全じゃないんでしょー?休んでてくれても良いんだよ?」
「寝たらマシになりましたよ」
洗いたてのコーヒーカップを拭う名前が少しだけ喉を掠らせつつ、なんてこともないように答えた。「それよりも」と言い放つ名前の喉には昨日と変わらない呪印が描かれていた。
「店長も呪術師だったっていうならもっと早く言ってくれても良かったじゃないですか」
これは昨日、夏油と五条たちの帰り際に名前が知ったことだった。
「何かあれば折山さんに言うんだよ」「ブランクはあれども元一級術師ならある程度の応戦くらいはできるだろ」そう言って喫茶店を出て行く二人を見送った後、名前はキッチンカウンターで冷や汗をかく折山を問い詰めたのだった。
「いや言ったところで信じてもらえなかったでしょ。現に世界を救う仕事してたって言っても信じてもらえなかったし?」
「うっ…それは…すみません」
確かに名前は折山の生い立ちを聞いたときには微塵も信じていなかった。図星を突かれた名前は申し訳なさを感じ、素直に謝りつつ食器棚へとコーヒーカップを戻す。
「まぁそのくらい疑い深い方が賢い生き方だとは思うけどね」
折山はすっかり客がいなくなって落ち着いた店内で大型テレビの電源を付けると、そこでは平日の昼間にしか見れないワイドショー番組が映画の告知を流していた。
『原作小野泰斗によるサスペンス小説が映画になります!私たちが出演しますので劇場へお越しくださいー!』
映画の宣伝タイムに突入した番組は今人気の女優と俳優が特大パネルを持って映画の告知をしている。テレビの中では芸人が「やっぱり番宣じゃねーかよ!」とお決まりのツッコミで大盛り上がりだ。
「…小野、泰斗」
「ん?どうした?」
「部屋でちょっと本読んできます。大変そうだったらヘルプ呼んでください」
「平日の昼間はそうそう混む事ないから大丈夫だよ。まぁ何かあったら呼ぶよ」
名前はエプロンを外して自室に戻ると通学鞄の中から一冊の本を取り出した。ずっと持ち歩いていた小野泰斗のデビュー作だ。
「……読んでみるか」
まだ途中までしか読んでいないそれを持ち、ベッドを背もたれにするようにして床に座ると、貘が名前の膝元に乗り、本の匂いを嗅ぐように鼻を動かした。
「貘さん…?」
『きゅきゅ』
小さく鳴いた貘はどこか満足そうにすると名前の膝の上で眠りについた。その様子を愛らしく思いつつ、名前は読みかけの本を開いたのであった。