最強二人潜入



 話は少し遡って三日前の呪術高専。

「…は?なんでいるのセンセー。今日二限まで自習じゃなかったっけ」

 五条が携帯を片手にして机に伏せながらそう言う。担任の夜蛾正道が緊急任務のため、その日その時間は自習のはずだったのだ。
 呪いについて学ぶ場である呪術高専は学生も生徒も共に呪いを祓う呪術師。そんな呪術師は万年人手不足であり、突然任務に駆り出されて高専を留守にすることは何も珍しいことではなく、この日も例に漏れなくそんな日だった。
 五条は担任の監視の目がない時間を使って最近買い替えた携帯の待ち受け画像を探していた。高画質でグラビアアイドルの画像だ。
 そこへ突然やってきたのが留守をしていたはずの担任であったから、五条は思わず冒頭のセリフを口にしたわけである。

「任務はすでに終わらせた。携帯をしまえ悟、自習とは言え授業中だぞ」
「へーい」
「突然だがお前達二人には明後日からとある学園へ転校という名の潜入をしてもらう」
「は?」

 教室へ入ってきた夜蛾は教卓の前に立つなり、圧のかかった声を放つ。お前達には世界を救ってもらうだなんて言いだしそうな声色だ。
 お前達二人とは言われたが、五条の学年の生徒は彼を含めて全部で三人。一人は今五条の隣でノートにペンを走らせていた夏油傑、それから三人目は今はここにいないが女子生徒で家入硝子。家入は今、朝方転がり込んできた負傷者の治療で不在のため、夜蛾の言う「お前達二人」とは必然的に五条と夏油の二人になる。
 隣にいた夏油がシャープペンの芯をノートに押し込んで格納させ、それから机上に寝かして置き、話を聞く姿勢を取った。

「転校ぉ?からの潜入ぅ?」
「そうだ。長宝院学園と言われる学校だ」

——ちょーほーいん…聞いたことねーな。というか呪術師からしたら他校情報とかどーでもいいしな。
 携帯を仕舞ったことで手持ち無沙汰になった五条は机の上で頬杖を付いていると「あぁ」と隣から短い合槌を打つ声が聞こえて隣を見る。

「聞いたことありますね。別名貴族学園、でしたっけ」
「良く知ってるな傑」
「何それ貴族学園とか。漫画?」
「金持ちによる金持ちのための金持ち学校さ。日本中の御曹司達がそこへ集まるんだよ」
「そうだ。その金持ち学校で年に何人か行方不明者が出ていてな。これが呪いによる可能性が高い」

 夜蛾は持っていた紙束二つをそれぞれの机の上に置く。「…厚切りステーキかよ」五条がそんなセリフと一緒にそれをつまみ上げた。

「つーか、年に何人か行方不明者が出るって…。その学園イワクツキで廃れたりしねぇの?誰も入学したがらねぇだろンなとこ」
「金のある世界に住む人間は我々とはそもそも考えが違う。あの学園では行方不明者が出たところで会社倒産による夜逃げや退学、身代金目的の誘拐、そんな馬鹿げた噂にすり替えられるのがオチだ」
「なるほど、それは面白い」
「イカれてんな」

 なるほどね、と五条が紙を捲るとそこには微細に描かれた学園の配置図、それから行方不明になった生徒、在籍している全学年の生徒、教師の個人情報が綴られていた。
 パラパラ漫画のように適当に捲りつつ五条は思う。人一人消えたところでそっちに思考が働くあたり本当に怖いのは呪霊や妖怪云々よりもやっぱ人間だなと。

「窓や補助監督も何人かその学園の調査に出ているんだが…呪いの気配はあれども誰もがその真意に辿り着くことはできなかった。全く手探りの状態での潜入捜査となるが、お前達に頼みたい」
「りょーかいでーす」
「分かりました」
「それと、センセー!」
「なんだ悟。質問か?」
「その前に井上和香の待ち受け探して良い?」

 直後に五条の白い頭に鉄槌が下った。


◼︎


「五条君と夏油君は何処の学校から?」

――夜蛾センに食らった鉄槌すげぇ痛かったな。あーこの感じタンコブ残ってる。絶対残ってる。
頭を摩りながら頭にある瘤の具合を確認していた五条は不意に話しかけられた女子の声に視線を上げた。時刻は昼で、五条達は食堂で昼食をとっていた。「何処って」五条が言いかけた時、テーブルを挟んで向かいに座っていた夏油が五条の足を蹴る。

「もう本当に田舎さ。君達のように可憐な生徒がいないような所だよ」
「やだ夏油君ってば!」

 五条は親友、夏油の貼り付けたような笑みに辟易とした。「オッエー!」と言いかけたが夏油から滲み出る「余計なことを言うな」と言いたげなオーラを察して五条は渋々押し黙る。
 分かってる、これも後々情報を得やすくしたり動きやすくするためだろ?と心の中でぶつくさ言いながら学園オリジナルランチ定食を口に運んだ。
 可憐な生徒がいない、それはつまり硝子は可憐に入らないってことか。五条は今度家入に会ったらチクってやろうと悪巧みしながら巻いたパスタを口に含んだ。

「でもいきなりA組に転入できるだなんてすごいことよ…!?身内の方に経営者がいるの?」
「たまたまさ」

 五条達は規格外の納金を積まないと入れないとされているA組に転入したわけだが、実際には彼らは何も金など積んではいない。この任務の依頼者が学園長ということもあり、転入先の小細工や工面を全てバックアップしてくれていた。A組転入へのピックアップした理由としては、やはり情報の面ではA組が非常に有力といったところからだ。
 当初では二人はどちらかがA、どちらかがBという話が出ていたのだが、仕事とは言えそんなシステムの中どちらかがB組入りすることは互いに彼らのプライドが許さず。結局二人は一歩たりとも譲らず、終いには不穏な空気を察した夜蛾が依頼者である学園長に口を利かせてくれて二人とも晴れてA組入りしたと言うわけだ。
――傑はともかくこの俺がB組なんてありえねぇだろ。
 五条はパスタの最後の一巻きを口に放り込む。

「よかったらこの後、私達に校内の案内させてくれないかしら?仲良くなりたいの」
「それは助かるよ。ね、悟」
「そうね。じゃあお言葉に甘えて」

 ぶっちゃけもう学園内の地図地形は全部頭ん中に入ってるけど。五条は高専の勉強椅子よりもうんと座り心地の良い椅子から尻を浮かせた。


◼︎


「悟」
「あぁ」

 自己紹介されたはずだけどもう名前を忘れたクラスメイトに校内を案内されたその日の放課後。引き続き捜索に当たった二人は校内を歩く。すると不意に夏油が廊下の窓の外を見上げた。

「間違いないね」

  二人が歩いていたのは南館と北館を結ぶ渡り廊下だった。
 五条が黒いサングラスを少し下へ下げ、宝玉のように美しい青目を晒して夏油と同じように外を見る。窓の外から見えるのは校舎の北館だった。
 視線の先にある北館には呪力を持っていなければ見えない、呪いの空気が纏わりついている。五階建ての校舎全てに、だ。西日を浴びる北館は太陽の陰影がくっきり浮かび上がっていて、どこか不気味さが増しているようにも見えた。

「学園全体的に呪われてるけど、メインはやっぱ北館だな。一番濃い」

 「何がどうなったらあそこまでなるんだか…」隣にいた夏油が呆れとため息を織り交ぜたような声色でそう呟く。

「めんどくせーけどワンフロアずつしらみ潰しに調べてくしかねーな」
「悟の六眼で一番濃い所見れないのか?その方が効率が良いだろ」

 夏油のセリフに五条は「全体的に濃くて見づらいんだよ」下唇を突き出しそっぽを向くようにして前を見た。

「へぇ、君のその目を持ってしてもか。興味深い呪いだね」

 五条の持つ目は五条家に伝わる非常に特殊な目だ。呪力を非常に細やかに見据えることができるというが、そんな目を持つ五条でさえ一視しただけで呪いの根源を見抜くことはできない。
 それはすなわち、

「よっぽど賢い呪詛師か、或いは特級クラスの呪霊がカモフラ対策してんのかも」
「木を隠すには森の中って言うしね」

 悪事に働く呪詛師のせいか、それとも単純に強力な呪霊のせいか。行方不明者がどのように姿を消したのか。呪いは何の能力を持つのか。現段階では何もかも不明瞭だった。
 「謎解きは専門外なんだっつーの」なんて悪態を吐いてたら親友には「悟はゴリ押しで祓いすぎ」と笑われた。

「悟。これから調査に入るけどくれぐれも他生徒、教師に怪しまれないようにね」
「それさぁ、思ったけど、せめて教師陣ぐらいには知らせても良くない?動きづらすぎて敵わないわ」
「下手に話を広めて呪いが強くなったら困るだろう」
「はぁ…」
「呪いの強さも能力もどんなものか想像もつかない。何か下手に刺激を加えて被害が出たら厄介だ、ここは」

「慎重に、だろ?わかってるよ」五条は夏油の言葉に自分のそれ被せる。

「それからこれは確認。調べ物が出来るのは授業が終わってから学校が閉鎖時間する十九時までの間だ。それ以上は居られないからね。こっそり入っても警報が鳴るだけ」
「夜はJUCOMとJLSOKのダブル警備とかウザすぎだろ。調べさせる気あんのハゲ学園長」
「金持ちの考えることは凡人には分からないものさ」

 夏油は肩をすくめて北館を纏う呪力の塊へと足を踏み入れた。

「なぁ傑、帰りマック行こうぜ」

 その後を五条が続いた。