好奇心は身を



「今年の一月十六日」

 名前が小野と図書室で会話をしたあの日の記憶を遡ったところ、その日は一月十六日だった。
 記憶の中にあったカレンダーが彼女にそう教えてきたのだ。その日はクラスメイトが二人資格習得のために休んでいた日だったことを思い出し、念のためにと試験日を確認したところやはり間違いなかった。いつも通り授業を終えた名前は図書委員会の仕事で図書室の整理をしていた日だ。

「――ここか」

 折山の新作コーヒーを飲んだ翌日の放課後、名前はちょっとした好奇心から北館三階、第四図書室の扉を開けて本棚の間を通り抜ける。部屋の中を見渡した所名前の他に生徒が二人いるくらいで閑散としていた。
 名前は小野に話しかけられた場所を目指す。受付カウンターから少し離れた場所の返却スペースだ。ここで返却本を確認していた名前の元へやってきた小野は言った。

「『あのさ、文芸小説の場所分かる?』」

 名前がその場で彼のセリフを小さく復唱する。長宝院学園にある図書室は全部で四か所。南館二階に第一図書室、同館三階に第二図書室、北館二階に第三、同館三階第四がある。
 それぞれの図書室は本のジャンル毎に分かれており、名前が小野と話した第三図書室は文芸書がメインの部屋だった。

「文芸小説の棚だけでどれだけあるんだか…」

 ざっと見ても自立した棚が十本は最低ある。名前は予め探っておいた記憶の中から、小野が立っていた場所を目星をつけていたため、その場所を目指す。その場所は思ったよりも奥まった場所にあった。
――確かこの辺を見ていたような。そう思った辺りで足を止め、目の前に並んだ本の背表紙を眺める。

「ん…?小野泰斗?」

 名前は他の本より絶妙に背表紙が出ていた本を見つけ、その作家の名前を読み上げる。本好きの名前には一度は聞いたことのある作家の名前だった。それを棚から抜き取り全体を観察してみれば、あまり読まれていないのか、年季が入っているわりには外観は綺麗に保たれている。本のタイトルは聞いたことがなかった。
――小野…。行方不明になった小野君は確か、小野海斗という名前だ。小野君はお爺さんとお父さんが小説家って聞いたような。…まさか。
 いてもたってもいられず、名前はすぐに携帯を取り出してサーチエンジンの検索欄に作家の名前を書き出し検索にかける。

「…小野君のお爺さんの作品か…!小野君って小野泰斗のお孫さんだったんだ…」

 ネットとは優しい物で、小野泰斗の出生、息子の名前までもサラリと説明が書かれており、息子も小説家であることが判明する。おまけに息子の方は売れていないなんて余計な情報まで手に入った。間違いない、この本の作者は小野の祖父だと名前は確信を得る。
 「小野君は自分のお爺さんの本を探しに来ていたのか」疑問は一つ解決したものの、すぐにもう一つ。

「なんで学校の図書室に来てまで自分のお爺さんの本を探しに…?」

 学校にも自分の祖父の本が並んでいるかチェックしてみたかっただけなのだろうか?ネットで調べものをしているうちにこの本が小野泰斗のデビュー作である情報を見つけた名前は、手中にある本を手にしたまま近くにある机に腰をかけた。
 本の裏に書かれたあらすじを見たところ、これは二人の男子学生を中心とした物語のようだ。
 試しに一枚目を捲くった途端、

「―!?」

 突き刺さるような視線を感じ取った名前は反射的に顔を上げる。しかし近くに、それも室内に名前を見る者はいない。
 言い難い違和感を覚えつつもう一度本に視線を戻し、再び一枚目二枚目、と少し焼けたページを捲くっていった。

「――あの、…。あの!」
「ハッ!?」
「大丈夫ですか?」
「えっ」

 突然呼びかけられた声に名前は目を覚まし跳ね起きた。気付けば机の上で爆睡してたのだった。
 起こしてくれた生徒を見上げ、それから反射的に窓の外を見ると、空はオレンジ色に染まってきていて血の気が引く。

「えっ、うそ、今何時!?ですか!?」
「もうすぐ18時ですよ。自分もう帰るので一応声をと思って…」
「す、すみません…!ありがとうございます!」

 慌ただしく席を立ち上がりながら起こしてくれた生徒にお礼を伝え、身の回りを片付ける。携帯で時間を見てバイトの開始までの時間を逆算し、全力疾走すれば間に合うと判断した名前は咄嗟に鞄と本を抱えて図書室を飛び出した。
 そして廊下を突き進んで階段を降りかけたときに手元の本の存在に気づく。

「あ、本そのまま持ってきちゃった…!……まぁ良いか!」

 どうせあんなところで埃被った本を態々借りに来るような物好きはいないだろう。名前は本を鞄の中に突っ込むと再び駆け出す。図書室で寝るなんて、と自分に呆れながら。

「うわっ!?」
「おっと…!廊下走るなよー」
「す、すみません…!」

 死角から突然出てきた男教師に驚き、数歩後ろに下がる。名前は平謝りで教師とすれ違い、彼の姿が死角から消えたのを確認するとまた駆け出した。
 そんな彼女の姿を中庭から転校生二人が見ていたことは、この時の名前は知る由もなかった。


◼︎


「あれ」

 五条と夏油が潜入先の学園で引き続き呪いの情報を集めるために校内を散策していたところ、渡り廊下を走る一人の女子生徒、名前の姿を夏油が見つけた。先を歩いていた悟が振り返る。

「ん?どした傑?」
「あの子、呪われてる」

 頭を何回か軽く下げながら男教師とすれ違った彼女は教師の死角に入ると再び慌てて走り出した。その背中にべったりと張り付いているのは呪いだった。それを背負う彼女は慌てている様子だが、呪いのせいではなさそうだ。

「ありゃ。北館行ってたなアイツ。すんげ…ベタベタに残穢ついてる」
「昼間は憑いてなかったのにね。…明日祓ってあげよう」

 「は?昼間?明日?傑知り合い?」目を丸くしてそう問う五条に夏油は呆れたように「同じクラスの子だよ。まさか知らないのか?」ため息を吐きながら答える。

「…悟とは反対側の私の隣の…そのまた隣の子だから分からないかもしれないが…。クラスメイトの情報くらい目を通してるだろう?」
「だって興味ないし」
「はぁ…あとあと自分のためにもなるんだよ悟」
「ヘイヘイ、勉強になりまーす」

 夏油は頭の後ろで手を組みながら先を行く親友にため息をつきながら続くのであった。