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 分かってる。
 伊地知がいち早く僕の機嫌の悪さを察して冷や汗かきながら運転していることぐらい分かってる。

「ご、五条さん」
「なに」
「今日の現場、到着いたしました…!」
「…ありがと」

 車から降り立ち、見上げた先にあった公園に思わず舌打ちをしたら背後でアイツが小さく悲鳴を上げる声。お前に苛立ってるわけじゃねーっつの。

「この公園、以前にも五条さんに祓ってもらったことがあるのですが、どうやらまた呪霊が増えているようで…。今回はその根源の祓除となります」
「ん、わかった。あとは僕一人でやるから下がってて」
「…ご武運を」

 伊地知をさがらせ帳を下す。…よりによって今日の仕事が名前と初めて出会った所とはね。死んだ母親に借金背負わされて人生に嘆いてたあの公園だ。

 そんなアイツが、最近借金返済のペースが上がってきているのが妙に気になるのだ。

 一応呪術師として腕は上げつつあるんだろうけど、どこか感じる拭いきれない違和感。その正体を探ろうと飯に誘っても忙しいの一点張りだし、電話も出ない。近づこうとすれば無駄に察知能力は高いのか、あからさまに逃げられ、遠くから姿を見れば必ずどこかしら怪我をしていている。かといって硝子に世話になっている訳でもなさそうだ。硝子から僕へ隠している何かが流出するのを恐れているのは明白だ。

 昨日は仕事終わり、高専向かっている最中にたまたまアイツの呪力を微かに感じ、寄り道してみれば昔ながら感のある中華料理屋に辿り着いた。一応サングラスにシフトチェンジしながら油っぽい引き戸を開ければ僕の姿を見てザワつく店内。慣れた反応は余所に周囲を見渡せば呑気に餃子を頬張る小さい背中が見えた。怪我した患部を呪力でカバーしている手が見えた。間違いない。
 名前がスマホを見たタイミングでショートメッセージを送って反応を見てみたが気付いてるはずなのにスマホをテーブルに伏せる。試しに電話をかけても案の定画面を見ただけで出ようともしないから流石に腹が立った。もういい、この際血の気引かせてやろうと近づけば、


「やっぱこういうのってカルシウム摂った方が治り早いのかなぁ」


 聞こえた呑気そうな独り言。カルシウム?まさか骨までやってるっていうのか。


「――最近忙しいみたいじゃん」


 ムカついて低めの声で声かければ勢いよく息を吞むような乾いた音。直後に咽せこむ様子に満足感を得て名前の目の前に腰掛けると、にじりと警戒心丸出しな猫みたいな反応。思ってることが口や顔に出るこいつのことだ、この反応は間違いなくクロだと思った。

「さて、と」

 僕の回想を遮るのように飛びついてきた呪霊を蹴散らかしながら、帳の影響で暗くなった公園内を進む。もっとしっかり視認しなければ難しそうだったから六眼で当たりを見渡せば、公園の地中深くに見えたのは呪物らしき呪力の塊。公園ができる前に呪物を保管していた建物でもあったのだろうか、何かの不運で潰されたようだ。


「――五条さんには関係ないじゃないですか…!」


 指先を地面につけて、呪物に向かって呪力を放とうとした瞬間に過った昨日の名前のセリフ。中華料理屋じゃラチがあかないと店から連れ出して問い詰めたところで言われたセリフだった。これだけこの僕が気にかけているってのにそんなこと言われるとは思わなくてムカついて、それから悲しくなった。

 指先から放たれた呪力はつい感情が乗ってしまって、思った以上の威力で公園に大穴が空いたが仕方ない、何もかもアイツが悪い。

「伊地知、お待たせ」
「す、すごい音でしたが…!」

 帳を解除し、外で待機していた伊地知に一声かけながら後部座席のドアに手を伸ばす。

「地中奥深くに根源らしきものがあったから呪力で弾き飛ばした。ブラジル見えたらごめんね」
「……え?ブラジル、ですか?」
「冗談だっつーの」
「ひぃっ」

 流石にそこまでの威力で打ってねーよ。天然か。
 いろいろ思案していたら変に疲れが出てきて車に乗り込むなり目からの情報をシャットアウトすべく包帯を巻き直す。
 現場への後処理班の手配を済ませた伊地知が車に乗り込むと、今しがた呪いを祓ったばかりの公園の時計が昼時を知らせる鐘が鳴る。それから車が進んだ。

「五条さん、お昼ですが道中何か食べていかれますか?」
「…んー…昼、ねぇ」

 車窓に名前と一緒に行ったうどんの店が見えてふと思う。こんなこと言いたくないけど、アイツがいないせいで最近飯が美味しく感じない。ホント、どう落とし前つけてくれようかね。

「…いや、高専にあるお菓子でいいよ」



五臓六腑
失笑。