03
「わ、イタソー」
家入さんの部屋へ向かっていると、不意に視覚の外から入り込んできたのは包帯ぐるぐる巻きデカブツ…じゃない、五条さんだ。私を呪術界へ巻き込んだ張本人である。
相変わらず見えてんのかよくわからない目元…というか顔先は、私の首の下…包帯で吊られた腕に向けられてる、と思う。目玉が分からないから視線の先も多分としか言えない。
「本当にそう思うならもう少し声に感情入れたほうがいいですよ」
「わっ、ちょーいったそー!!かわいそうだなぁ!!」
「うるさいんですけど」
「理不尽!!」
五条さんと出会ってから半年が経つ。あれよこれよと呪術師界に連れ込まれた私は気づけば三級呪術師。「さっすが僕、呪術師の見込みある人間をスカウトする審美眼ありすぎ。持ってるのは六眼だけど」なんて謎にご自身の目を自画自賛してる五条さんに構ってられるかと足を進めると、二人分の足音が響いた。どうやら五条さんもこっちの方に用があるらしい。なんてことだ、タイミングが悪かった。
「もー、たかだか四級の雑魚処理でしょ?何やってんの馬鹿なの?」
「…」
「もう一人三級術師とも一緒だってのに何やってんのホント」
「…ワー腕に留まらず心まで折られそうー」
「この程度で折れてたら呪術師やってけないよー」
「そもそもやりたくなかったのですが」
「あーあ!借金立て替えてあげたの、誰だったかなぁ!あ、そうだ!確か腎臓って高いのよねー!」
「ホント性格拗れてる」
ふんっ、と鼻を鳴らして先ほどよりも足早に家入さんの部屋へと向かう。この廊下の向こうの、突き当たりの部屋を行けば家入さんの部屋だ。ただ、相変わらず五条さんは後ろをついてきていて、なんだか雲行きが怪しい。「あの」と声をかけた。
「んー?なーに?」
「…五条さんも家入さんに何か御用で?」
「いんや?」
「…?」
何がしたいんだろうかこの人は。そう思っていると、五条さんは大きく一歩を踏み出して私の横に並ぶようにして歩く。
「痛そうに腕抱えて硝子のところに行くお前見て楽しんでる」
「最低か」
最高に嫌な顔を見せつけて家入さんの部屋をノックしてみたものの、返事がない。一声かけながら室内に入ると部屋の中は真っ暗で家入さんの気配がなかった。「あらー残念硝子先生留守ねー」後ろで五条さんが楽しそうな声を上げる。
「ちなみに硝子は今学会だよ」
「知ってたんかい!!知っててここまで歩かせるのほんと最低か!!」
「最強の間違いでしょ」
うう、無駄に叫んだせいか腕がズキリと一層痛んだ気がする。あとで硝子さんいつ頃帰るか連絡してみよ。それまで痛かったら鎮痛剤で誤魔化そう。
「あれ、どこいくの」
「帰ります」
「え?腕良いの?」
「一度病院行ってますから」
扉を閉めて踵を返すと、五条さんは意外そうな音を上げる。五条さんはツカツカ元きた道を戻る私の視界に入るよう、身をかがめながらついてきた。
「面倒見てあげようか?お風呂とかご飯とか。大変でしょ?」
「食べに行くので結構です。お風呂とか余計にいらんとです」
「へえ、意地でも自炊で節約派だと思ってた。違うんだ?」
「昔から飲食店のバイト入れてたので賄いで十分でしたし、バイト入れすぎて作ってる時間なく食材腐らせるので、料理する方がコスパ悪いんです私」
「ふーん?じゃあ僕がご馳走してあげようか?僕クラスになると毎日キャビア食べれるよ」
「キャビっ!?」
脳裏によぎったのはこの人が白い紙ナプキンを身につけてフレンチ料理を食べてる絵面。うわ、「あははー」なんて副音声が幻聴で聞こえてきた気がする。
「大人しくご馳走されてみる?」
「いえ、あなたとトラブル起こして後々食事代を請求されたら面倒なので」
「なるほど、穏便にいこうとはしないのね」
フムフムと顎に手を当てて何やら納得してる五条さんは放っておき、骨折した際に心配してくれていた仲のいい補助監督さんに帰り送ってくれないか連絡を入れた。
――
「なにここ」
場面一転し、私と五条さんはとあるうどん屋さんの店前に突っ立っていた。補助監督さんに家の近くにあるうどん屋さんまで送ってもらったところだ。何故か五条さんもセットで。
「結局着いてきたんですね」
「ウン、面白そうだし。で、何ここ?呪亀うどん?」
「ものすごく安いうどん屋さんです。キャビ条さんの舌には合わないと思うんで、帰った方がおすすめしますよ」
「アハハ混ざってる混ざってる」
私たちがやってきたのは全国チェーン店のめちゃくちゃ安いうどん屋さんだ。すべての店で、粉から作っているとかいうキャッチコピーで有名なあのうどん屋さんである。
「なんでついてきたんですかホント…」
「なーんか、お前の見てる景色を見たくなって、ね?」
「はい…?」
ほんの少しだけ五条さんの声のトーンが下げられた気がした。が、私が呆気にられてるうちに「ほらぁ、そんなぽやぽやしてると先行っちゃうよー!」なんて店へと足を進める五条さんに「五条さんそっち出口です。入り口こっち」と助言するのであった。
「どうやって頼むのこれ?」
お店の店員さんから元気の良い挨拶の声を浴びながら先に入って行った五条さんがくるりと身を翻した。
「釜揚げの並をひとつお願いします」
「じゃあ僕もそれー」
「……二つで」
そうか入り方もよく分からなければそりゃ頼み方もよく知らないわけだ。この人、私の借金もポンと出しちゃうし、さっきは自分クラスになると毎日キャビアも食べれるとか豪語してたくらいだから、よっぽどのボンボンのようだ。人は見た目だけで判断するのは本当に良くないらしい。
「へぇ、すごいね、桶に入ってるよ」
「(本当に来たことないんだ…)」
同行者の包帯姿を凝視する店員さんからうどんを受け取り、お会計を済ませて着席すると五条さんは湯気立つ桶の中を楽しそうに覗いた。借金立て替え人兼上司みたいな人とうどん屋にいるというなんとも奇妙な展開に頭を抱えそうになったが、気を取り直して自由に使える手でうどんを食べる。あ、あとで硝子さんに連絡しなきゃな。
「あ、美味しいじゃん!」
「キャビア無くても食べれるなら良かったですね」
「だいぶ引きずるね、それ」
黙々と食べる私に「あ、そうだ」と何か思い出した五条さんは自分の尻ポケットから紙を取り出してはテーブルの、私と五条さんのお盆の間に置いた。
「なんですかこれ」
「これまでの報酬。お前が腕折ったり打撲したりした努力が全てコレになるってわけ」
そう言いながら五条さんが再びうどんに手を伸ばすのを見て、私は自分の箸を置いてその紙に手を伸ばす。二つに折り畳まれた紙は明細書らしく、支給額の欄を見て自分の目を疑った。ご、ごじゅうまんえん…!?
「うわっ」
「ははは、良いリアクション」
「な、な、これ一人分?ですか?」
「そーよ?呪術師はほとんどぼったくりの世界だからね」
「マジですか」
「マジ。腕の治療費にするなり僕への借金の返済に使ったって良いし。そこはお任せするよ」
「……なるほど」
聞けば呪い祓除の依頼料は殆どがこちらからの言い値らしい。その言い値から高専の介入、手数料が差し引かれた金額が私たち呪術師の収入になるんだとか。私だと5回分出動した金額になるけど、五条さんクラスになるとこの額の倍相当が1回分相当になるらしい。それだけ危険な任務に出ているってことなんだろうけど、ホント金銭感覚どうなってんだこの世界と思わずには居られない。
こうして私は臨時収入として呪術師の報酬金50万円を手にしたのであった。この調子なら借金返済も数年で完済できそうだな。久しぶりの収入に胸を躍らせながら私はうどんに再び手を伸ばした。
[借金500万−報酬50万=残金450万]