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 海外だと麺を食べるときに啜って食べることはマナー違反とされていて、一部ではヌーハラ、ヌードルハラスメントと言われている。それに加えて上司からのパワハラが加われば、何ハラ?ヌーパワーハラスメント?ヌパハラ?
 現代の日本人何でもかんでも略しすぎよねぇと自分のしょうもない思考を熱々のラーメンに吹きかけるよう頬を膨らませると、今日怪我したばかりの頬が少しだけピリ、と痛んだ。

「――ねぇ聞いてる?顔に傷付けたら嫁の貰い手無くなるよ?そもそもそんなヘマさせるほど軟弱に鍛えた覚えないんだけど僕」
「そうですねぇ、王道の醤油もいいですけど、ここはアピールしてるだけのことあって塩も美味しいですねぇ」
「聞いちゃいないなコイツ」

 はぁ、と私の向かいでテーブルに行儀悪く肩肘ついて麺を啜るのはサングラスをかけたハラスメントの化身、五条さんだ。
 先日ぽっきり腕を折ったあと、次の日には学会から帰ってきた硝子さんにそれはそれはとても綺麗に骨をつないでもらってから二週間かそこら経っている。その間に長い出張から帰ってきた五条さんについうっかり高専で捕まってしまって、こうして近場のラーメン屋さんに連れてこられてる。五条さんの帰校日くらい小耳に挟んでたのになんたる失態。

 久しぶりに会うなり人の怪我した顔見て小言がうるさい五条さんに小さく息をつきながら、席の角にひっそりと置かれた野沢菜に手を伸ばそうとすると、私よりデカい手が鷲掴みして奪い去っていった。無料でたくさん食べれるヤツなのに…!!

「それで?伊地知から聞いたけど、予定外の準2倒せたんだって?ズタボロなりに」
「……はい。一時はどうなるかと思いましたけど、どうにか」
「根性あるじゃん」
「へ」

 持ち上げかけたチャーシューが箸から滑ってぺちゃんと丼の中へ落ちる。……今褒められた?あれだけ散々ボロッカス言われてたのにここへ来て私、褒められたのか?五条さんの言葉をいまいち飲み込めなくて呆然とする私に「何?」と五条さんはトングで野沢菜をガシガシつまんでは自分のラーメンの器の中へ入れていく。

「あ、ちょ、野沢菜私の分も残しておいてくださいよ」

 ちょっと待って、野沢菜を取りすぎるのだけはやめてくれ。追加してもらって2回目だし流石に店員さんに頼みにくい。
 どばどば自分のラーメンに野沢菜を容赦無くぶちこむ五条さんに一人悶々としていると、突然目の前に白い紙を叩きつけられ「ぎゃ」とラーメン屋で変な悲鳴を上げてしまった。
 周りからの視線に気恥ずかしさを覚え、少し身を縮こませつつも五条さんから差し出されたままの紙を引ったくるように奪った。

「明細ですか?ありがとうございます」
「振り込みは月末だよ」

 ここ数回分の任務料を見れば、その額25万。うん、上々だろう。となると、五条さんへの残りの借金額は…。そう残金をチェックしていると、「別にさ」箸で掴み上げたラーメンを冷ましながら五条さんが言う。

「そんなすぐ返さなくても良くない?給料全部借金のあてにしろとは言ってないよ僕」

 そりゃなるべく質素に暮らしてるとはいえ少なからず生活費は発生する。大学へは奨学金を借りて行ってたからその返済もあるし。
 呪術師としての給料は今のところ全て五条さんへの借金のあてにしているから、引き続きカツカツな状態が続くのは当然のことだった。「ありがたいご配慮ですけど…」と少し口籠る私を五条さんはラーメンをもさもさ食べながら少し首をかしげた。

「単純に借りたままだと気持ち悪くないですか?」
「……そんなもん?」
「です」

 ラーメンが伸びたらマズイなと思い至り、ポケットに明細をしまって箸を手に取る。

「それに、これでも五条さんには感謝してるんですよ。だから早く耳揃えて返したいんです」

 器のふちに並んだ海苔と一緒に麺を取り、一旦蓮華に乗せて冷ますと向かいからは五条さんが気の抜けたような声を出した。

「……わからないなぁ」
「?」
「こんな職業なんだからさ、いっそ支払い伸ばしまくって仕事でぽっくり死んで踏み倒しちゃえばいいのに」
「はぁ、なるほどその手が……って物騒すぎる」

 苦笑いをかましてラーメンを啜ると、突然目の前に座っていたハラスメントの塊が立ち上がった。丼の中はスープしか残っていない。ついでに野沢菜も空だ。うそ、いつのまに。

「んじゃ、ご馳走様ー」
「は?」

 ちょっと待て。なんでエブリデキャビアができる人が生活費カツカツな人間にラーメン奢らせるの?

[借金450万]−[報酬25万]=[残金425万]
※別途ラーメン代支払い。



五臓六腑
失笑。