06
「うわっ、びっくりした!」
夜蛾さんに本日分の報告書を提出した帰り。残念ながら今日はバイトの予定がなく、夕食代わりの賄いがない日だ。面倒だけど簡単にご飯でも作って早く寝ようかと計画を立てていた私に、影が忍び寄り、それから後ろからがしっと私の肩を荒々しく掴んできた。
思考が家の冷蔵庫に残っていた食材に向かっていた私にはかなり効いて、急に現実に引き戻されて思わずビビり散らかした。さては五条さんだな。文句の一つ二つつけてやろうと振り返ったらフワっと香ったのは薬品の匂い。
「よぉ名前」
「ひっ、家入さん!?」
「今夜は戦だ」
「戦、ですか?」
どこから現れたのか分からない家入さんは神妙な顔つきでそう口にした。その意味深なセリフに思わず私も生唾を飲み込んで言葉を復唱する。な、なんだ?戦って…とんでもない呪霊でも出たのだろうか…?まさかこれからサポートに出ろと…?
「敵は特級クラスだ。用心しろ」
「……えっ?特級?」
聞き慣れない単語に一瞬思考が固まる。え、私に特級案件に行って来いと?いやいや私3級なはずなんですけど。無理無理無理無理。
「特級て五条さんクラスじゃないですか…!なぜ私が…!?」
「そう。…だからありったけの力でめかし込んでこい」
「はい!……え?めかし…?はい?」
「医者、弁護士、起業家と合コンすっぞ」
家入さんの言葉を聞くなりすぐに察する。これ拒否権のきょの字もないやつだと。
五条さんや家入さん世代の無茶振りに慣れた自分の成長が素晴らしいと思わずにはいられなかった。
――
一旦帰宅し、ささっとシャワーを済ませてから鏡の前で一人唸る。
合コンという名の任務の可能性も捨てられないのだ。だってあの五条さんと仲のいい家入さんのことだよ?罠の可能性もあるのだ。ホラ、被害者がお医者さんとかそれ系の人で、その人たちが呪われてるから祓ってくれって話。ありえなくもない。あの人たちの言葉を鵜呑みにしてロクなことがなかった私は自然と身についた自己防衛反応をフル活用にし、万一任務だった時のために汗で化粧がぐちゃぐちゃにならない程度に軽く化粧をして家を出た。
「名前ちゃんって言うんだ!なんか周りと違くて派手さがなくていいね」
「あ、ありがとうございます……??」
結果、本当に合コンだった。
ジャニーズにも負けない爽やかな笑みを浮かべる男の人たちに挟まれながら、手中のジョッキを口に寄せてチビっと飲む。向かいでは家入先輩がニンマリとほくそ笑んでいたけれど、なんでだろう、してやったり顔にも見える。これじゃますます人間不信が加速するばかりなんですけど。
「よかったなお前の素朴な顔が気に入られてるぞ名前」
「どうなんですかそれ」
「そんなこと言うなよ硝子ちゃん。俺こういうナチュラルな子タイプだよ」
「分かるわかる。こう言う職業についてると清潔感の方が大事になってくるよな」
「ハハハ…そうなんですね…」
苦笑いしながら頼むから早く時間よ過ぎろと願っていると、隣の男の人があざとくコテンと首を傾けながら私の顔を覗き込んだ。ウッ、お顔良い…なるほどこれが特級…こっちが祓われそう。これはたしかに惚れたら負けな戦だ。
「名前ちゃんは保育士なんだっけ?子ども好きなの?エプロンとかすげー似合いそう」
「……ハハハ」
家入さん、どうしてよりによって血生臭い仕事である呪術師からは程遠い保育士とウソついたんですか。一人焼酎を飲む、明らか合コンより酒目当てなあの人を半目で眺めた。
うーん子どもかぁ。正直あまり得意ではないけど、ふと最近祓った赤子の呪いのことを思い出した。
「人数多くて大変でしょ」
「そうですねぇ…気づいたら増えてるから…もう何がなんやらって感じで」
そう、呪いの主格である本体を祓わないとダメなやつで、いくら数の多い細々とした赤子の呪霊を祓って永遠に増殖するやつだったのだ。祓っても祓ってもキリがないそれを思い出し、隣の男性の言葉に同意する。
「でもやっぱそういうところ込みで子供って可愛いでしょ?」
「可愛くないところもありますけどね…でも、まぁ、そうですね」
赤子の呪いたちは風体は化け物じみてて怖いものの、結局みな最期にはお母さんに会いたいのか、よく母親の事を呼んでいたのだ。呪いは人の負の感情が重なって生まれたもの、化け物なりに人間らしいところもあったなとふと思い返す。
「卒園とかしちゃうと寂しいよね」
「まぁ…それが仕事ですからね」
寂しくはないけどアレも好きで生まれたわけじゃないのに呪術師に襲われて祓われて…。そう考えると呪霊もなかなか虚しい生き物だなと、酒の場ながらふとしみじみ思った。ちょっと気分が下がりかけていた私に隣の男の人ががっしりと肩を掴んでくる。
「名前ちゃん、保育士の鑑だなぁー!仕事人間同士ってことで!はい、カンパーイ!」
あああ社会人って大変だぁ…。周りの勢いに合わせるように手元のジョッキを呷った。
———
「すみません、ちょっとお手洗いへ…」
段々と初対面の緊張感も酒のおかげで解けてきたころ、ヨタヨタと席を後にしてお手洗いへ向かう。最初の方は緊張しすぎたし、チビチビだったとはいえなかなかハイペースで飲んでしまって思ったよりも酔いが回っていた。
席着いたらお冷頼もう。久しぶりの酒ですっかりペースというものを忘れてしまったなと自己反省しながら女子トイレに向かった帰り、狭い廊下の向こうに合コンで同席していた男の人の姿があった。あの人もお手洗いかなと思い軽く愛想笑いを浮かばせながら狭い通路で擦れ違うのを待つのだが、その人はなぜか私の近くまで足を進めるとぴたりと止まってしまった。
「大丈夫名前ちゃん?結構顔赤いね」
「あはは…久しぶりだったのでちょっとだけ飲みすぎちゃいましたが大丈夫ですよ」
「ごめんね、アイツらハイペースすぎたよね」
「いえそんなことないですよ!こんなに賑やかなの久しぶりで楽しいです」
いつ通り過ぎてくれるのだろうかと狭い廊下で壁と一体化していると、男の人の顔が耳元に近づく。
「……ねぇ名前ちゃん、良かったらこの後二人で抜け出さない?」
「えっ?気分悪かったですか?大丈夫ですか?」
「…あー、えっとうん、まぁ…」
何か口ごもる男性に、あ、これ吐くくらいヤバいやつなのかなと想像しかけた途端、
「ごめーーーーーーん!!」
加減を知らないクソデカボイスが狭い廊下に響いた。