動くものを見るのは男の本能だとよ

◼︎


「…っ」

僕は久々に手に汗を握った。目の前には道着に身を包んだ名前さんの姿。僕と名前さんのお互いの目の前には竹刀が置かれている。

「、お願いいたしますっ」
「お願いいたします」

深々と頭を下げ、竹刀を手に取り構える。構えの向こうに見える名前さんの瞳が、普段とは違う凛とした色味を持っていて思わず見惚れてしまった。
もう少し見ていたいような惜しい気持ちをぐっとこらえて僕は身体を押し出すようにして脚を蹴った。

「は!…はぁ!!」
「新八君!もっと脇を抑えて!逃げない!」
「はい!」


「…何やってんのアイツら…」

道場の出入り口で神楽が寝転がっているのが見え、隣に腰を下ろす。中を伺えば道着姿の名前チャンと新八の姿。竹刀で遣り合いながら、名前チャンが新八の動作に指摘を入れている。

「あ、銀ちゃんも来たアルか。名前が何も相当な手練れらしいネ。新八が教えを請うて土下座したらしいアルよ」
「手練れってオメー、アッチの話かと思ったじゃねーかよ。ぱっつぁんがソッチに目覚めちまったかと思ったじゃねェか」
「目の前の光景見ておいてアッチもソッチもある訳ないネ。これだから腐れ天パは…。考えることが一々野蛮卑劣下品ネ」
「野蛮下品なのはどっちかっつーとオメーの方な」

両端に人差し指を突っ込んで、イーと睨んでくる神楽の鼻を押し上げて豚鼻にして遊んでやってれば、道場で新八が転んで、鈍い音が響いた。

「す、すみませ…っ!!」
「大丈夫?休憩しようか?」
「いえ!もう少し…!」

そう言って再び名前チャンに立ち向かう新八。こうなったのは何やら先日の万事屋の仕事の一件で、チンピラに取り囲まれて慌てふためく新八にたまたま通りかかった名前チャンが助けに入ったのが事の発端だったみてーで。
俺か神楽が張っ倒したチンピラの手から手早く刀を拾い、新八に襲い掛かろうとしていた奴らを捩じ伏せたその刀捌きは、まぁ中々のモンだった。

「(ま、斬り込み実戦はなさそうだな…)」

大方何処かで習っていたのだろう。美しい刀捌きではあったが、所詮は習い事程度の型で実践向きではなさそうだ。
まァ、チンピラ撃退くらいには役立つか。精々頑張って俺が楽になるくらい強くなりたまえぱっつぁんや。俺が救われるよ。

神楽の隣に横になり、持ってきたジャンプを広げて新八がへばるのを待つとする。

「…」

まァ、しかし人間って生き物は動くものに反応するように出来ている訳で。ていうか、男ってのは古来から狩りのための本能っつーもんが備わってっから、動くものに敏感だ。やれゆるふわヘアーだの揺れるピアスだの、それらも男の本能を擽る良い例だ。
動く名前チャンをつい目で追ってしまうのはそういうこった。道着から伸びたちいせェ白い足や、細腰、細腕に視線が行ってしまうのは、そういうこった。白い首筋が竹刀の振り被りによって表情が変わったり、僅かに滴る汗に生唾を飲み込んでしまうのは、つまり、そういうこった。

「…銀ちゃん心の声ダダ漏れアルよ。頗る気色悪いネ。とうとうオマエの脳みそもパーになってきたネ」
「うるせーな!」
「よし、ちょっと休憩しよう新八君!」
「あ、はい!僕お茶淹れてきます!」

新八は道場の隅に置いてあった手ぬぐいを名前チャンに渡すと敬礼して道場を出て行った。すっかり崇拝しちゃってんじゃんアイツ。そのうち親衛隊になるんじゃね?寺門お通から深山名前親衛隊隊長になる勢いじゃね?

「坂田さん、来てたんですね」
「あん?来ちゃわりィか。可愛い可愛い従業員が必死こいて強くなろうとしてっからよ、心配で見に来ちゃったんだよねェ」
「何を言ってるアルか。さっきまでピーだのピーだの…「よォし神楽ちゃん!これで酢昆布でも買ってこい!!」よっしゃ!気の利く天パは嫌いじゃないアルよ!!」

300円渡せば神楽は側転バク転バク中を繰り出して玄関に向かって走り出して行った。クソ、やっぱ100円にしときゃよかった。
手ぬぐいで汗を拭いながら名前チャンが俺から少しだけ離れた場所に腰を下ろした。俺はジャンプを適当に捲る。

「ど?うちのぱっつぁん強くなれそう?」
「…さぁ?私師範代でも先生でもないんで」
「んだよ、可愛くねー女」
「腰におしゃぶりぶら下げてる天パに言われたかないですけどね」
「ばっかオメー。多串君みてェに身体に悪ィおしゃぶりスパスパするよりも、腰にあるだけで落ち着くおしゃぶりの方が健全健康的だろーが」
「大の大人がおしゃぶりってこと自体健全も何も」
「あ、銀さん来てたんですね」

ヒートアップしそうになったところをタイミング良く新八が現れて、口を噤んだ。しかしアイツは違ったようだ。

「可愛い可愛い従業員が頑張って強くなろうとしてるのを聞いて、自分が楽になるから頑張れーって応援しに来たらしいよ」
「おまっ、そんなこと言ってねーし!オイ新八ィ!嘘だかんな!お前が強くなるのを俺は純粋に応援してだな!」
「じゃあ僕の目を見て言って下さいよ」

あー今日は良い天気だよ全く。


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