誰の心にも虎と馬の2匹を同時に飼っている
◼︎
「しかし、僕本当に驚きましたよ。名前さんが剣術習ってたなんて…。しかも型が綺麗です」
「もう何年前かの話だし、腕鈍ってるから正直新八君にいろいろ指導できる立場でもないんだけどね」
時刻は八つ刻。そろそろ終わりにすることになり、私は新八君が再び淹れてくれたお茶を啜った。
「俺はコイツから手グセの悪さの方が習った方が良いかもぶべらっ」
「私は手グセ悪くさせられてるんですけど」
もう一度失礼なこと言ったらその腰の木刀で顎砕いてやるからな。
「あはは…こう見えてこの人も結構強いんですよ。昔攘夷戦争に出てたって言うくらいですから」
「…!」
その台詞に少しだけ身体がびくりと強張った。嗚呼、さっきまで竹刀を握ってたせいもあつてか、嫌な記憶が一瞬過ってしまった。
というか、こんなちゃらんぽらんな人が戦争…?
「…ははっ、坂田さんが?まさかー」
「あの桂さんと一緒に出ていたんですよ。ね、銀さん」
「…もー大昔の話な」
「そ、そうなんだ」
動揺を悟られないようにお茶をぐっと飲み切る。早く帰ろう。そう思った。
「さて、そろそろお暇させてもらおうかな!更衣室借りるね!」
「え、あ、はい…!!」
タン、と湯飲みを置き足早にその場を逃げるように立ち去ってしまった。
新八君に教えてもらったこの道場の着替え部屋でいつもの小袖に着替え、急ぎ足で門前に向かう。
何か美味しいものでも食べて気を紛らわした方が良いかも。泥沼に向かいかけてる思考をなんとか方向転換させる方法を思い浮かべながら門へ向かった。
―――――
「よォ」
「!」
門を潜り、右に曲がったところで足が止まった。坂田さんが壁に背を預けるようにして其処に佇んでいた。
というよりは、私を待っていた、と言った方が正しかったかもしれない。この人って人は…。
「送ってくわ」
「…結構です」
「んな冷てェこと言うなや」
坂田さんの前を通り過ぎると腕を掴まれた。必然的に私の足が止まる。
「何ですか」
「お前、攘夷戦争に恨みでもあんの?」
「別に」
「新八は気付いてねェみてーだったが、お前変だぞ」
「別に」
「なんだその反応。エリコ様か。さてはエリコ様ですかァアアアアア!?ぶふ!?」
喧しい坂田さんをぶん殴る。なんでこの人いつも勝手に1人で炎上するんだろう。
私が攘夷戦争というキーワードに引っかかった何かを知りたいのだろう。
「おかしィだろーが。一般の人間か攘夷戦争って話だけであんな人殺せそうな目になるかってんだ」
「…苗字業(ごう)、知っていますか?」
「あん?苗字業ォ?……!」
思わずぽつりと出してしまった名前に、ハッと我に返った。
ーーー言うつもりなど、無かった。
私の発した名前を復唱した坂田さんは、僅かに目を見開いた。それは肯定として受け取っても良さそうで。
「…その様子だと知ってるみたいですね」
「いやいやいや、まさかお前…!」
いつになく真剣な表情の坂田さんに思わず吹き出し笑いをしてしまった。そんなに動揺しなくてもいいのに。
「私の兄ですよ。生前はお世話になったのでしょうか?」
「…生前…?あの墓…」
「そうですよ。…もしも、生前親しかったのならお線香でもあげてやって下さい。もしも、の話ですけど」
まぁ、そんな訳ないだろう。私は固まる坂田さんを置いて一人家路についた。
―――――
坂田さんのあの反応は、正直あれが正しい。
私の兄、苗字業はあの戦争で〈血狂いの業〉と呼ばれており、大切な家族をも手にかけるような男でもあった。
『名前…!!』
血にまみれた兄がこちらに向かって手を伸ばすあの記憶がフラッシュバックしてきた。
蓋をしていた筈のあの日の記憶が弾け飛ぶように頭の中を駆け巡り、私は震える体を押さえつけてベッドに倒れた。
「…いたい…」
昔貫かれた肩がズキリと痛んだ気がした。
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