銭湯で牛乳見ると入る前に飲みたくなる

◼︎


「え、ウソでしょ」

蛇口をどんだけ捻ってもお風呂のお湯が出ず、大家さんに相談してみればこのアパート全体が水道が止まってしまったらしい。復旧に2、3日掛かるとのことなので、近場の銭湯に行くことにした時の事。

「…」
「…」
「あ!名前アルぅうう!!」
「名前さん偶然ですね!」
「ぐ、偶然だね…どうしたの…?」
「姉上から銭湯のクーポン貰ったんです。一仕事終えて来ました!」

イキイキと答える新八君を見て、まぁ、本当に偶然なんだというのは分かった。
ただ一人だけ頭が飛び出ている白髪は予想通りにやっぱり突っかかってくる。

「何?なんで行く先々にオマエいんの?ストーカー?銀さんのストーカーか?」
「随分おめでてェ頭していらっしゃるんですね。家の水道壊れたから止むを得ずここに来ただけでストーカー呼ばわりなんて。その頭でいくらなんでも自意識過剰過ぎません?」
「水道ぶっ壊すたァなかなかデンジャラスな生活してんのなぶべらっ!!?…おまっ!乾燥しきった固形石鹸はダメだろ!!死ぬわ!!」

いつものテンションの坂田さんに思わず持って来ていた固形石鹸をぶん投げてしまった。
ぶん殴るには距離が足りなかったので、うっかり固形石鹸をぶん投げてしまった。

「うっかりなんてレベルじゃねーだろ!明らかに殺意だろ!!」
「名前と風呂なんて嬉しいネ!こんなクズ放っておいて早く入るアル!牛乳奢ってほしいネ!」
「奢らせる気満々なの?」

しれっと牛乳奢らせる約束をした神楽ちゃんは嬉しそうに私の背を押してくるので、2人で女湯に入ることにした。


―――――


「名前は脱いだらスゴイタイプアルな」
「ぶ!?」

早々に身体を洗い流して湯船に向かう。先刻からの神楽ちゃんの痛い視線をヒシヒシ感じていて、突然のぶっこんだ発言に思わず吹いた。
あれ、なんか大壁挟んだ向こうの男風呂で盛大に桶をぶちまけた様な音が聞こえる。さては誰か転んだな。

「いーなーいーなー。私も早くおっぱい大きくなりたいネ!」
「だ、大丈夫だよ…!うん、多分…」

まぁ、神楽ちゃんの可愛さなら大きくならなくても顔でカバーできるから大丈夫だと思う。けど、本人は小さいのを気にしてるっぽいので取り敢えず黙っておく。

「あれ?ココどうしたネ」
「ん?…あー…昔ドジして大怪我したの」

湯船に浸かるために洗った髪を一纏めにすると、露わになった肩口に神楽ちゃんが気がついた。丁度日本刀の刃幅ほどある古傷。

「痛そうアルなー。女に傷がついたら貰い手無くなるアルってマミーが言ってたネ!大切にするアルよ!」
「ご、ご心配ありがとうございます…」

子どもに将来を心配されてしまった私はなんだが大人失格な気がして来た。仕方あるまいよ、口より手が出る性格だし身体は傷物だし…あれ、なんか涙出そう。
湯船に浸かると神楽ちゃんは俯せのような状態で手だけ使って浴槽内をスイスイ移動し始めた。緑茶色の湯船で神楽ちゃんの白い肌がやけに際立つ。可愛いし肌白いし、もう女の子の夢が詰まったような子だなぁ。ちょっと品がないのが玉に瑕ってやつだろうか。

「まぁ、いざとなったら銀ちゃんがいるネ!どうしようもないクズでカスだけどまぁ、性別は一応雄アル」
「…は!?」

突然の坂田さんに思わず声を荒げてしまった。男湯の方でばっしゃーんと派手な音が聞こえて、「銀さーん!!」なんて新八君の悲痛な叫びが響いた。本当に騒がしいなあっち。

「さ、坂田さん?いやいやいやいや」
「…あんな腐れ天パは流石に無理あったネ。よく考えたら無理あるネ」
「そもそも坂田さんも私みたいなガサツな女は、ね!!」

さっきからなにを言ってるんだ私は。傷口に塩を塗るような発言ばかり繰り返していて知らぬ間にメンタルダメージは蓄積されていた。
23歳相手無しには恋愛の自虐ネタはかなり厳しい。名前はもっと婚期が遅い時代に生まれたかったとです…。

「名前!100数えたら牛乳飲みたいネ!」
「はいはい、じゃあ行くよー。いーち「きゅーじゅきゅ、ひゃーく!ひゃっほー!!」…はや」

本能のままに楽しそうにしている神楽ちゃんを見たらとりあえず流れに身を任せとけばいいか、と一人で開き直れてきて、湯船を出た。


―――――


「あ、銀ちゃんと新八ネ!!」
「あれ…?」

神楽ちゃんに牛乳を買ってあげて休憩室に向かえば、げっそりしている新八君と坂田さんの姿。いつもの服装ではなくて、甚兵衛姿だ。

「あ、おかえりなさい…」
「なんかスゴイ疲れてるね…新八君…」
「それが…この人桶ぶち撒けるわ足滑らせて湯船に落っこちるわで…」
「良い歳して何銭湯ではしゃいでるネ銀ちゃん」
「男湯がうるさいと思ったらやっぱり…」
「うるせェ」

不貞腐れるようにして畳の床に寝そべってジャンプを見る坂田さん。心なしか顔が赤い気がするけれど…、まぁお風呂上がりだからそりゃそうか。
とりあえず私は持っていた牛乳瓶を新八君にあげた。

「え!良いんですか!?」
「どうぞー」

神楽ちゃんだけだと不公平だしね。さっきも大変そうだったし、労いの意味も込めて。
それからもう一本、薄いピンク色の液体が入った牛乳瓶を持って、ジャンプに夢中なクルクル頭に声をかけてから放り投げた。

「坂田さん」
「…!…俺の好みまで知ってるたァ、いよいよストーカー疑惑も確定モンだなこりゃ?」
「神楽ちゃんが教えてくれたので、ついでです」

ニマニマ気味悪く笑う坂田さんをフルシカトして、私は茶色い液体の入った牛乳瓶の蓋を切ってそれを飲んだ。私は専らコーヒー牛乳派だ。お風呂上がりは絶対コレ。
それからだらだらとお話が続き、新八君と神楽ちゃんから今日の仕事内容の話を聞かせてもらったりした。


―――――


「ーーもうこんな時間ですね。そろそろ帰りましょうか」
「あ、そうだね」

18時頃に銭湯についてからもう時計の針は21時を指していた。
思いの外早く時間が過ぎていたことに驚いて私たちは持ってきた入浴セットを提げて銭湯を出た。

「じゃ、私こっちだから、」
「あ、僕神楽ちゃんと寄るところあったんだー!」
「急に何アルか新八」
「いけない!早く行かないとお店が閉まっちゃう!行くよ神楽ちゃん!」

銭湯を出たら万事屋と私の家は真逆方向で。また明日、と言いかけたところで新八がものすごく棒読みで突然演技を始めた。
神楽ちゃんはついていけてないらしく、新八君を見る目が冷たい。

「じゃ、銀さん先帰っててください!」
「はァ?」
「…行っちゃった…」

神楽ちゃんを掻っ攫うようにして新八君は走り去ってしまった。銭湯の前に残された私と坂田さん。

「…じゃ、私はこれで」
「…送りゃーいいんだろ」
「や!大丈夫です!!」
「さっさとけーるぞ」

万事屋とは違う方向、即ち私の家の方向。ずんずん歩き出す坂田さんを止める術もなく、素直についていくことにした。

「…新八君、どうしたんですか?」
「大方、俺にオメーをウチまで送らせる算段だろ」
「…はぁ?なんのメリットがあって?」
「俺が知るかよコノヤロー」

前を歩く坂田さんからふわりと舞うお風呂上がりの匂い。ほんの少し冷たい空気。あともう少ししたら本格的に秋になりそうな、そんな夜だった。この爽やかな匂いは夏の夜とはまた違って、心地がいい。
坂田さんを見上げて、手に持っているいつもの木刀を見た。そんなに落ち着くのか其れ…。

「ンな穴が空くまで見たってやんねーからな」
「要りませんよ別に」

視線に気づいていたのか、さっと大事そうに木刀を抱えた坂田さん。

「オメーさ、アレやめてくんね?」
「は?」
「“坂田サン”ってヤツ」
「なんでですか?坂田さんは坂田さんなんですから別に坂田さんのこと坂田さんって呼んでも坂田さんは困りませんよね?」
「坂田サン言い過ぎィィイイイ!!ーーったく、とりあえず俺ァその他人行儀みてェな呼ばれ方好きくねーの」

まぁ、確かに“サカタサン”って言うのは長いから言いにくい気はしてた。サが二回出て来て鬱陶しいしね。
ということは、

「天パ?」
「オイィイイイ!それ悪口!ただの悪口で名前でもなんでもねェから!」
「さっちゃん?」
「いや、あー、間違ってねェけど別の奴思い出すからそれはナシな」
「じゃあ、なんて呼んだら良いんですか。坂さん?田さん?」
「神楽や新八が言ってるようなモンでいいわ。気楽にしてくれや」
「銀ちゃん銀さん?」
「それ二人ィィイイ!!金さん銀さんみたいにセットにすんな!」
「あはははっ!!」

わー、坂田さんを全力で弄ると凄い面白いことに気付いてしまった。

「銀さん?」
「……、なんですかァー?」

やや間があって、ぶっきら棒にそう答えたさか、…銀さんだった。


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