脳みそは本気でキャパ超えすると固まると思う

◼︎


「(ーー全っ然眠れない)」

おっかしいな。いつからこんなに繊細な人間になったんだろ。

一回寝て起きたと思ったら夜中の1時で、そっから寝ようとしても全く寝付けないのだ。定春くんの寝息が聞き飽きたくらい寝れてない。いや、別に定春くんの寝息が煩いとかそういうわけじゃないけどね。

なんだ?私ってば寝場所が変わると眠れないような人間だったか?

何度目かの寝返りを打っていたら枕元で携帯が震えた。無音にした携帯のアラームだ。マジか。もうそんな時間?
銀さんを起こさないためにもさっと携帯を取ってアラームを切った。

「(バイト…行かないと)」

朝の5時。パン屋のバイトの日はこの時間に起きるのが殆どだ。
秋と冬の真ん中くらいのちょっとひんやりした空気が万事屋の居間に漂っていた。
定春くんを起こさないように布団を抜け出して、洗面台と脱衣所を借りて化粧から身支度を整え終える。

布団は…畳んで隅っこに置いておくか。よっこいせとしゃがんで布団を隅に押しやる。

「…何してんの?」
「ひ!?」

突然襖が開いたと思えば寝ぼけ眼の銀さんが突っ立って私を見下ろしていた。ボリボリと臍の辺りを掻いている。

お、親父くさ…あっ!ヤバイ!口に出てた!?セーフ!?セーフか!

「びっくりした…!…お、おはようございます…!」
「…それ俺のセリフなんですけど」
「…バ、バイト…行こうかと」

ばっくばくの心臓を抑えて布団を居間の隅へ。
銀さん…すごいボッサボサなのは今は黙っておこう。寝起きだしね。でも、すごい爆発具合。

「あー、何時から?」
「6時からですけど」
「…ちょっと待っとけ」
「え?」

トイレと洗面所に寄った銀さんが、和室に篭った数分後には身支度を整えたいつものお姿に。やっぱりいつもの格好の方がしっくりくるな。
寝癖は…うーん、そんなに変わってない。…アレ?

「“もしかして普段から寝癖…?”とか思いやがったら走行中無事落としてやるから安心しろ」
「思ってないです決して。ハイ」

私の心の中を読みやがった銀さんはヘルメット片手に玄関へ。その背を私もまた追いかけるようにして足を進めた。


―――――


「送っていただいてすみません」

スクーターでパン屋さんまで送ってもらって、改めてお礼を言う。ヘルメットを外して銀さんに渡す。

「帰りは何時?」
「えっと、15時くらいだとは思うんですけど」
「んじゃ、それまで二度寝しとくわ」

渡したヘルメットを被った銀さんはスクーターを走らせると、背中越しにひらひら手を振った。その背を小さくなるまで見送る。

「なになに〜?名前ちゃん!銀さんとどういう関係なの!?」

ひょっこり後ろから現れた奥さんはキャピキャピした雰囲気を纏って現れた。
あ、これ絶対良からぬこと考えてるやつだ。

「どうもこうもありませんよ。ただの依頼人と…」

ここまで言いかけてなんだが、ハッとした。
ストーカー絡みで泊まらせてもらってるなんて言ったら、まずストーカーのセリフに心配されるし、泊まらせてもらってるなんて言ったら「嫁入り前の子が!?」なんて叫ばれかねん。

無駄に冷や汗が垂れる。な、なんて言おう。

「コイツ、巷で噂の辻斬りにビビってんでさァ。そこを万事屋の旦那が見兼ねて護衛に付いてくれてんでィ」

「おばちゃん、店まだかィ?」なんて呑気に店前の腰掛けに座る沖田さん。いつの間に。

「あらァ!沖田隊長じゃないの!そうだったの!銀さんも意外と優しいところあるのねェ…!待ってて、今焼きたてのパン持ってきてあげるわ!」
「やりィ」

楽しそうにしてお店へ戻っていた奥さんを見送ってから腰掛けに座る沖田さんを見下ろす。「なんでィ」と睨まれたが、どこか疲れているみたいだ。

「…夜勤、ですか?」
「あ?」
「クマ」
「辻斬りにゃほとほと手を焼いていてねィ。全隊でローテーション組んで見廻りしてんでさァ」

ーー辻斬り。そんなに大事だったとは。

確かに昨日のお客さんも、新たに被害者が出たとか、この辺物騒になったとかそんなこと言ってたような気もする。

「土方さんに見つからない程度にゆっくりしていってください」

沖田さんにそう言って着替えのためにお店の勝手口を目指した。


―――――


「ーーん?アイツなんかまた騒いでるな?」
「へ?奥さんですか?」

手元のパンを仕込んでいると作業台を挟んで向かいに立っていた店主…旦那さんが顔を上げた。
耳を外に向ければ確かに奥さんの声。そういや、沖田さんにパンと牛乳持ってってから戻ってきてないな。

「ちょっと見てきます」

どうしたもんか。
店前に向かうと、どうやら外が騒がしい。

「来ちゃダメよ!!」
「えっ」

奥さんの叫びに近い声が一瞬飛んできた。外に一歩足を出した瞬間、いつもの腰掛けに沖田さんが吹っ飛んできた。

「がふっ…!」
「お、沖田さん!?」

吹っ飛んできた沖田さんは所々血を流していた。なんで…血が?
慌てて沖田さんに駆け寄ると盛大に舌打ちをされた。奥さんは腰掛けから離れた物陰に隠れていて、無事そうだ。

沖田さんが吹っ飛んできた方向を見やると、其処には笠を被って全身に黒を見に纏った侍のような風貌の人物。日本刀を、手にしている。

「オイおばさん!!こいつ今すぐ連れて万事屋に逃げろィ!!」
「こっちへ!行くわよ!」
「ま、待ってください!!沖田さんが…!」


「ーー名前?」


背筋がぞくりと粟立った。
時が止まったかのように体と思考が固まる。

「行け!!」

沖田さんが膠着した私の体を無理矢理動かせるために背中を強く押した。私は弾かれるようにして咄嗟に走り出す。


―――なぜ?

―――どうして?


答えが見つからない問いかけがずっと頭の中をぐるぐる駆け巡った。ありえないことが目の前で起こっていて、頭がついてこない。

「っ」
「名前ちゃん!?」
「すみません!!」

それはもう本能的だった。
途中まで一緒に走っていた奥さんから敢えて離れて違う方向に走り出す。奥さんは着物だが私は野良着だ。私の方が早く走れるしそう簡単には追いつかれないはず。

なにより、このままだと奥さんまで巻き込みそうで怖かった。

自分がどこへ向かって走っているのかも分からないまま足を進めていたら、後ろから肩にトン、とした衝撃と激痛が走った。転びそうになったのを足で踏ん張って耐える。

「…え」

この痛みが何なのか分からなくて無意識振り返ると、先程沖田さんと対峙していた人物。
周りにいる人達は、私の姿を見ると一斉に悲鳴を上げて逃げて行く。

「よォ…やっと見つけたぜ」
「…!!」

笠の下から聞こえるその声。笠の僅かに裂けたその隙間から見えたその仮面、正確には仮面から覗く瞳を私はよく知っていた。

でもそんな筈がない、そんなことはあり得ないのだ。


「うわぁぁぁあ!!名前ちゃんから手を離せェェエエエ!」
「!?」

突如物陰から出てきた男が、私の肩に刀を突き立てている影に向かって飛びついた。
影は男から逃げるようにして私の肩から刀を抜き、後ろに下がる。あまりの痛みに思わず肩を掴んだ。

「…ぅ…っ!」
「名前ちゃん!大丈夫!?」
「…あな、たは…!」

私はその人の顔を見て言葉が出てこなかった。


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