本当に辛い時ほど明るく振る舞うヤツが厄介
◼︎
アイツが辻斬りに追われていたとしたら、あのストーカー野郎が俺のことを呼んでいたというのなら、おそらくウチに向かって走って逃げていたに違いねェ。パン屋から万事屋までの最短距離コースを原チャで走っていれば、案の定黒服の連中の群れが見えてきた。
「おいジミー!」
原チャを駐禁取られなさそうな適当な場所に置いて、その群れに突き進んでいけば、何人かに制されたが、現場にいたジミーの名前を上げれば警備の手が緩んだ。それを良いことにテープの中を潜らせてもらう。
名前は…ここにはもう居なさそうだ。
「よ、万事屋の旦那!ちょっ!入らないで下さい!」
「どうなって…!」
不意に足元を見れば血の跡。多過ぎでもなく、少な過ぎてもなく…。斬られたんならもっと血溜まりになってたハズだ。
「名前は!名前はどうした!」
「わっ…!!名前さんは大江戸病院です!さっき土方さんから連絡がありまして、肩をひと突きされていますが、命に別状はありません!意識もしっかりあるみたいです!!」
「…そうかよ。悪かったな…」
らしくもなく無意識にひっ掴んでいたジミーの服を手放した。
「おお。万事屋、来ていたか」
「!」
「あ!近藤さん!に、沖田さん…!」
振り返ればゴリラに…ん?隣のガキンチョは沖田くん…だよな?
「珍しいナリだな、沖田くん。折角の顔が勿体ねェぞ」
「…るせェや」
そう言って拗ねた沖田くんは、顔にいくつかガーゼが貼ってあった。一悶着あったらしい。
「例の辻斬りだ」
「辻斬りだァ?」
ゴリラは手に持っていた紙束をこちらに投げて寄越す。
紙束にはまさに話題の辻斬りの情報が書かれている。…オイオイ良いのかよ一般市民にこんな情報見せやがって。
「ヤツの特徴は分かりやすくてな。必ず一度肩を貫いてから、首を狙う。今回も同じ手順を踏もうとしたんだろう」
「更に厄介な事に、性格は相当なサディスティック野郎と見えやすぜ旦那ァ。目撃証言によれば、奴ァ一度必ず刺した人間の顔を拝むらしいでさァ」
ぶっちゃけサディスティックっつったらオメーしか思い浮かばねェよ。
「何?沖田くんそいつにやられたってわけ?」
「調子が出なかっただけでィ」
「あの総悟がこんなザマだ。あの辻斬り、相当腕が立つ」
更に紙束を捲っていくと手が止まった。
「今回はかなり目撃者が多い。狼のような、獣の仮面をしていたそうだ」
「獣の仮面…?」
「あり?旦那心辺りでもあるんですかィ?」
戦場で見たアイツの姿と資料に貼り付けられていた仮面が一瞬重なった。
…まさかな。
「…そんなモンねェよ。それより早く捕まえろよなー」
「昼夜問わずに出没しやがるから此方も中々尻尾が掴めなくてな」
「取り敢えず此処は任せて旦那は名前の様子見に行ってくだせェや。土方がうるせェ」
「あん?なんで多串くんが出てくるのそこで」
「病院からクレームが来てるんでねィ。詳しいこたァ俺も知りやせん」
―――――
ジミーに教えてもらった病室番号の引き戸を開くと、カーテンの向こうから多串くんと名前の声が聞こえた。
「だぁかぁらぁ!要らないって行ってるだろこのボケェェエエエ!」
「いや、そのだな、1日でも早く回復すればと思ってだな」
「ボンド感覚ですか!!!マヨネーズが傷口塞ぐわけないでしょーがァァアアアア!」
何?なんの会話してんの?
「…ちわー」
「!…チッ、万事屋」
「銀さんんんん!」
カーテンを開けば、ベッドの上には肩の手当てが施された名前と、数本のマヨネーズを手に持つ多串くん。
ホント何してんだコイツら。多串くんときたら俺の顔を見るなり舌打ちよ。なんなのよ、こっちが舌打ちしたいくらいだぞコノヤロー。
「なんでお前そんな泣きそうなの」
「ひ、ひじっ、土方さんがマヨネーズ!」
「ばっか、俺ァマヨラーだからマヨネーズじゃねェから。あと土方十四郎だから」
「ちょっとちょっとォ土方くんちょっとちょっと」
「あ!?」
懐から何本もマヨネーズを取り出す多串くんに何か違和感を感じて、慌てて病室の外に連れ出した。
コイツ、必要以上に女に絡む性格だったか?
「ンだやんのかコルァ」
「何?多串くん名前チャンのことアレ?気になってんの?」
「な!!!!バカ言え!アレはアレであって、ただのアレでしかねェから!!!」
…ハイ、確定。
「え?なに?どのタイミングで?いいじゃん僕らの仲デショ?」
「うるせェェエエエ!あとうぜェェエエ!!」
「オメーらが一番うるせェェエエエ!!病院なんだからちったぁ静かにしなさい!!」
「俺ァ叫んでねェわクソババァァア!」
2人してデブメガネ看護師にドロップキックをかまされた所で、多串くんのケータイが鳴る。「ここケータイ禁止ィィイイイ」と喧しいクソババアにジャーマンスープレックス。
「俺だ。あ?万事屋?今し方来たところだ。おー、了解……万事屋俺ァ現場に戻る。これアイツに渡しておけ」
しれっと渡された安定のブツを見る。
「全力でウチの晩飯に使ってやらァ」
ちょうど切らすところだったんだわ、マヨネーズ。
「失礼しまァーす」
「…土方さんは?」
「現場戻るってよ」
「はー、良かった。マヨネーズでトドメ刺されるかと」
カーテンを開ければげんなりした名前とご対面。
「ま、思ったよりも元気そうで良かったわ」
「すいません、ビックリしましたよね。肩をプスッてやられました」
「プスッて……、プスッて爪楊枝じゃ無ェんだから」
いつもの調子のコイツであることを確認して取り敢えずベッドの際に腰掛けさせてもらう。
座るな、ベッド壊れるなんて小言は得意のフルシカトだ。
「オメーのストーカーは今新八と神楽に素性を洗いざらい吐かせてらァ」
「あ、あの人万事屋行ったんですね」
「何?どこで会ったの?」
「刺された時助けてくれたんですよ、彼」
「アイツなんて苗字か知ってる?坂時だってよ、坂時」
「なんですかそのふざけた苗字」
「思わず俺ァボコらせてって言っちまったね」
「…ふふ」
いつも通りの様子に正直ホッとした。どうやら、俺ァ気付かないうちにビビってたみてェだ。
やっぱりこういう病院の臭いはダメだな。辛気臭くって敵わねェ。
「…顔は?」
「……いえ、見てないです。後ろからだったし、走って逃げてたので振り向く余裕もなくて…」
「そーかい…悪かったな」
それ以上はやめておいた。気になることはあるが、刺された瞬間の記憶はトラウマもんだろう。思い出したくもないはずだ。
傷口を抉るつもりもない。俺は腰を上げた。
「次は新八と神楽も連れてくるわ。アイツらも心配してっから」
「色々迷惑をかけてすいません。…私はもう大丈夫なので」
「…じゃーな」
「…お気をつけて」
次の日、俺はこの時もっとコイツをよく見ておけば良かったと後悔することになる。
翌日には病院から居なくなるなんて思いもしなかった。
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