流れ星見た事を一番に伝えた人が大事な人

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「では、また朝検温に来ますね。おやすみなさい苗字さん」
「はい。おやすみなさい」

ベッド周りのカーテンが閉められ、数秒後にドアが閉まる音が聞こえた。
私は処方して貰った痛み止めと、看護師さんの僅かな隙をついて拝借させて貰った麻酔テープ、家の鍵を病院服のポケットに仕舞い込んで、今し方看護師さんが出て行った廊下に顔を出す。

「名前さん?どうかしましたか?」
「い、いえ!おやすみなさいって言おうかと思いまして…!」
「あぁ、ゆっくり休んでくださいね」
「おやすみなさい」

廊下に立っていた黒服の男性に思わずびっくりして、慌てて適当に理由を言って扉を閉めた。
やっぱりいたか…真選組。うーん、どうしようか。

「…あ」

悩んだ先に見つけた窓。それしか出てこなかった。


―――――


「よっと、…意外に降りれるもんなんだ」

私は自分がいた病室を見上げた。定番だけどもベッドにシーツを括り付けて、足を絡ませながら降りた。うーん、私なんかの映画の主人公になれそうかもしれない。
もう夜はだいぶ冷え込んで来ていて、身震いがした。

「…行かないと」

そのまま向かった先は家。

私は真っ先に病院服を脱ぎ捨て、拝借させてもらった麻酔テープを傷口に貼り、小袖に着替えた。幸い痛みは搬送された時に処置してくれた麻酔針がまだ効いている。うん、行ける。

ずっと立てかけっぱなしだった刀袋を手に取り、卓袱台にあった写真立てを一度手に取る。
写真の中の私たちは今の私たちの姿を見て、一体何を思うのだろうか。答えが出るはずのない問いに思わず苦笑して、写真を伏せて家を出た。


―――――


「ーーー此れ、俺の墓?」


「…業兄さん、のね」
「俺のじゃん。丁寧に戒名まで」

明け方。町の物陰で朝日を待ってから、兄さんの墓に向かうと珍しく先客がいた。刀袋から柄だけ出して、そいつに近づく。
随分前に銀さんが残しておいてくれていたまだ生気のあった仏花はもう既に枯れて朽ちていた。

「貴方、誰?」
「ははっ、実の兄貴の顔も忘れたわけ?」

そんなの、忘れる筈が無い。笠を少し持ち上げて、獣仮面越しにそいつは不敵に笑った。辺り一帯に風が吹き抜けた。

「ーー名前!!!何で貴方が此処にいるのよ!入院したって聞いたわよ!」
「!」

突然私の真横に降り立ったあやめさんに驚いた。あやめさんも私がこの場にいることに驚いているらしい。

「あ、あやめさん…!!」
「始末屋か…。誰かに雇われたか…?」
「…あんだけ派手にやっていればわかるでしょう?」

始末屋…。昔そういう職があることを聞いたことがある。あやめさん、始末屋だったのか…。
そう隣に立つあやめさんを見ながら思考を張り巡らせていれば、掴まれる腕。

「名前、此処は危ないわ。病院へ行きましょう」
「…すみません。私、この人と決着つけないといけないんです」

脚で踏ん張ってあやめさんを引き留める。

「何を言って…!…なら応戦するわ「あやめさん!!」…!」

ケガした人間を殺人鬼とは戦わせたくないあやめさんの気持ちも分かる。
でも、これは、これだけはどうしても譲れないのだ。

「お願いします。どうか、…どうかお願い…」

きっと私は泣きそうな顔をしているのかもしれない。唇を震わせながらあやめさんに謝り、頭を下げた。

「…名前…貴方まさか…!」
「あらよっと!!」
「!!」

不意にすぐ側までに近づいて来た影に私は刀を抜いた。振り下ろされた刀をしっかり見抜き、あの人の持つ刀と私の持つ刀が派手な音を立ててぶつかる。

「あやめさんは関係ないでしょう。貴方の獲物は最初から私…そうですよね?」
「…違いねェ」

ニッと笑ったあの人は、間合いを取る。一度抜かれた刀。それはもう此処からは逃げられないことを表す。

「俺はあの日から1日足りともオメーのこと忘れたことはねェ!」
「…くっ」

重々しい剣撃に、突かれた肩が麻酔を上回る痛みを訴える。じわりと肩の辺りが濡れた気がしたが、今はそれに気を取られている場合ではなかった。
あやめさんは…どうやら姿を消したらしい。それで良かった。この戦いには誰も巻き込んではいけないと、そう思った。

「余所見するなよ!」
「!」

剣撃を避けるだけでも手一杯の中、麻酔の効きも弱まってきて、痛みに判断力も徐々に鈍くなってきた頃。
下方向から迫る刀身に咄嗟に腕で庇うような体勢になれば、小袖ごと腕を斬られる。その痛みに堪えてあの人の腕を刀で弾く。

「…っ…!」
「…なぜ刀身を潰した?」
「…斬るつもりはないから」
「甘ェな…」

私の血がついた刀を愛おしそうに目を細めて眺めると、それを振り払った。

「あの日…、なぜ死ななかったの…」

純粋な疑問だった。

あの日私は大きく振りかぶった兄さんの懐に入り、その身体を、今手にしているこの刀で確かに切った。

「フフ、思わず蘇っちまったよ俺ァ」

その問いに対して、あの人は仮面を外した。

信じたくなかったが、やはりその仮面の下は見覚えのある顔だった。
あの日、満月の下で見た紫紺の瞳と視線がぶつかる。あの人が手に持っている刀の刃と同じ色だ。

「……やっぱり貴方は業兄さんじゃない」
「あん?」
「貴方は其れだ」

其れと私が見たのは、あの人が手に持つ刀。

私の勘が正しければ、兄さんは何かの不運で妖刀を手にしてしまった。妖刀に呑まれた兄さんの身体と心はきっともうどこにもない…。

「…よく分かったな。だが、だからと言ってオメーになにができる?」

今の私に出来ることはこれしか無い。小袖を引きちぎって、先ほど切られた腕に巻きつける。
しっかり刀を構え、目の前の相手を見据えた。

「死んでもその刃を叩き折る!!」
「出来るモンならなァァ!!」

私は駆け出した。




『ーーえ?なんか言った兄さん?』
『お前が道を踏み外したらさ、お前に嫌われても元に戻してやっからよ、俺が道を踏み外したらケツ蹴ってちゃんと歩かせろよな』
『兄さんが踏み外すなんであるの?すっごい線路走って来たような人なのに』
『マジか。線路って何線?』





あの人に刀を弾かれ、私は丸腰になってしまった。
見上げた先に有る振り上げられた刀が、あの日の記憶と重なり、私は潔く目を瞑った。

悔しいけれど頭の片隅に浮かんだのは業兄さんでもなく、長年お世話になったパン屋の夫婦でもなく…。

銀髪天然パーマのあの人で。

鼻をほじくりながら此方を振り向くその姿が思い浮かんで思わず小さく笑ってしまった。


――ガキィィイイイン


この場に不釣り合いなふわりとした甘い匂いと優しい体温に私は思わず目を開いた。

「な、…なん、なんで…!!」
「…兄貴ってのが…どうして一番最初に生まれてくるか知ってるかァ…?」
「あァ!?誰だオメーは!」



「後から生まれてくる…弟や妹を守るためだっつってんだよコノヤロー!!」


視界に飛び込む銀色から目を逸らせなかった。


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