晩御飯の主導権は値引きシールが握ってるもんだ

◼︎


「お先に失礼します」
「また明日ね、名前ちゃん」
「お疲れ様」

午後16時。パン屋のバイトを無事終えたところだった。ふと冷蔵庫事情を思い出し、何か買って帰らないと食べるものがないことに気がついたので、大江戸スーパーに寄ることにした。

「(確か、アレ切らしてたっけ…)」

お目当てのコーナーに向かうと、無事発見。赤と黄色のツートンのブツに向かって手を伸ばすと、視界の隅から同じようにブツに伸ばす手が見えて、思わず引っ込めた。それは、向こうも同じで。

「あっ、すみません」
「いや、こっちこそ悪ィな」
「…あれ?」
「お前は…飲み屋の…」

黒い洋服に黒髪、かっぴらいた瞳孔、火がつけられていないタバコを咥えた彼は、何時ぞやすまいるで見かけた真選組の人だ。
なんて言ったっけ。坂田さんがいつも言ってた…お…お…、

「お…、多串さん!!!」
「土方だコノヤロー!!!…はっ、しまった!」
「土方さんって言うんですね…失礼しました…。私、苗字名前です」

おおお、ものすごい形相のツッコミに思わず縮こまった。そうか、土方さんって言うのか。じゃあ多串ってなに。

「悪かったな。ん、コレいんだろ?」
「あ、ありがとうございます」

私が先ほど手を伸ばしかけた例のブツを取って手渡してくれた土方さん。ちょっと厳ついけど意外に良い人?お礼を言って受け取った。
そこで異変を感じた。

「ん?もう一本いるか?」
「い、いえ…十分です…」

次から次へと遠慮なく籠の中にぶち込む土方さん。それ何十本目?と問いたくなる量を見つめていると、まだ欲しいと思われたのか、ズイ、とブツを差し出して来た。
いや、でも、そうか、真選組だし皆んなで使うってなると、その量になるのか。うん、なんかこの人まとめ役っぽいし、みんなで使うから買いに来たんだきっと。

「いや?これマイマヨネーズだが…」
「心の声読まれた!!!」
「だだ漏れだぞ」

私と喋りながらも手を止めない土方さんに若干顔を痙攣らせる。とりあえずこれ以上この人と関わるのはなんか本能がやばい気がして、改めてお礼を言ってその場を離れた。

「(今日何にしようかな…魚が安い…)…っと」

鮮魚コーナーの半額値札が貼られた魚を見ていると、籠を持っている側の腕と肩にズシリと重みがかかった。

「銀さん的には鯖な気分なんだけど」
「さ、坂田さん…」

右を向けば案の定坂田さん。私の肩に左肘を置いて、右手の指は丁寧に鼻の穴を弄っている。汚いな。
坂田さんの肘を落としてやるように身を引くと行き場を失った肘が落ちた。がくん、と一回バランスを崩し、顔を上げた坂田さんは右の鼻の穴から血を滴らせていた。ざまあみなさい。

「いだだだ。ちょっと、銀さんの穴からコレ出て来ちゃったじゃねーか。穴と言えば、俺結野アナ派ね」
「鮭にしようかな」
「ねえ、聞いてる?」

鼻血を滴らせてる坂田さんはとりあえずスルーして、値札シールが貼られた銀鮭を手に取って籠に入れようとして気付いた。なんか重いと思ったらいつの間に。

「何このいちごミルク」
「ついでよついで」
「ついでってなんですか。無職が図々しい」
「無職じゃねーから。バイト先の常連客にいちごミルクをお納めする感覚でさっと買っとけって。良いことあっからきっと」
「バイト先の無職の常連客にいちごミルク納めるくらいなら、真選組様にマヨネーズ差し入れた方がまだマシですよ。そっちの方が御利益高そうですもん」
「アレレ?多串くんと知り合いだっけ?」
「さっきマヨコーナーで遭遇しました」
「げっ、マジか」
「なんですか万引きでもしたんですか?髪の毛の中に隠し持ってるんですか?」
「残念ながら銀さんのヘアーには収納機能ついてませーん」
「お飾りでしたか」
「はぁ〜」
「なんですか…」

いつもの啀み合いに坂田さんはガシガシとそのウネリまくりの頭をかくと、なんだか言いにくそうに口を尖らせた。

「あー…ババアが飲み会やるんだってよ。オメーを誘うように言われてんだわ」
「…お登勢さんが?」
「そ。だから、夕飯なんか気にねェで、安心していちごミルクだけ買えよ」
「なんで安心していちごミルクになるんだよ」

値引きシールの付いた銀鮭を元の場所に戻し、お酒コーナーに向かう。坂田さんは伝言を済ませた筈だけれど、引き続き私の後を付いているので、買い物に付き合ってくれるらしい。

「万事屋さん」
「ん?」
「依頼あるんですけど、いちごミルクでどうですか?」
「喜んで」

ニッと笑う坂田さん。万事屋の依頼料安い。


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