恋愛小説はベタベタ展開以外なかなか思いつかない

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「ーーでさァ!俺言ってやったんだわ!」
「…ソウナンデスカー」
「ほんっと、ゆとり教育ってやつかねェ!新人育てるこっちの気持ちにもなれってんだ!っかー、エリート部長ってェのは大変よほんっとに」
「…大変デスネー」

顔面をヒクつかせながら隣にいる小汚いおっさんの話に耳を傾ける。ここはそう、スナックすまいるである。今日はここのバイト。

「吉蔵さん、飲み物どうぞ」

できたての飲み物を吉蔵さんの目の前に置こうとすると、彼はそれより先に私の手ごと掴んでグラスを口に寄せた。私の手も不本意ながら持ち上がる。

「…っかー!やっぱり名前ちゃんの作るウーロンハイはうめーなァ!生き返るよホント!…あっ!いっけねェな!名前ちゃんの手、うっかり握っちまった!ぶはははは!」
「あはは…」

ああ、すんげーぶん殴りたい。
その衝動を押さえ込んで吉蔵さんが手を離してくれるのを待つ。待ってるんだけど、それどころか私の手を握ってはサワサワと撫で始めた。

「そういやぁ名前ちゃん、ウワサで聞いたけど、万事屋の野郎に付きまとわれてて困ってるんだって?」
「……よくご存知ですね」
「アイツ前々から気に入らなかったんだよな…!その上に名前ちゃんに付きまとうなんざ身の程をわきまえろってんだ」
「えっと、」

身の程をわきまえた方が良いのは…おほん、これ以上はやめておこう。一応お客さんだしね。

「あーそれにアイツ何か女たらしらしいし?こないだも女連れてホテルに消えたって話あるしよォ…。万事屋ってアレかね、自分の下半身がなんでも屋なんじゃねェかー?それか下半身もゆとり?なんつって!ぶわっはっはっは!!」
「あの、」

あれ?それ確か依頼者と夫の浮気現場抑えに行ったって話じゃ?
修羅場って警察沙汰になって結局依頼金回収できなかったとか銀さんがボヤいてたような。

「それにアイツ昔人殺したらしいしな!警察もなんであんな危ねェヤツを野放しにしてんだか…。俺が一度しょっぴいてやろうかー?なんてな!」
「吉蔵さ、」
「どのみち名前ちゃんには相応しくねェ男だ!そのうち俺が一発ギャフンと言わせてや、ギャフン!!!」

口より手が先に出てしまうのはもう仕方があるまい。脂っこい顔をぶん殴った拳を新品のお手拭きで拭う。立ち上がって床に吹っ飛ばされた小汚いデブを見下す。

「ゆとりゆとり言ってますけど、そのゆとり教育を作り上げたのは当時の選挙権を持つ全ての人たちであることをお忘れになってはいけませんよ吉蔵さん」
「…ん、なっ…!!」
「それから…人様の色恋沙汰に色々言いたくなるお気持ちもわかりますけど…」

小さく溜息を吐いてから吉蔵さんの目線に合わせるようにしゃがみ込む。

「ーーテメーがとやかく言う筋合いはねェってんですよお客様」
「ヒィイイイ!!!」
「それに、知りもしないことを憶測で語るのはエリート部長として如何なものでしょうかね?下手したらあのクソ天パから名誉毀損で訴えられる可能性もありますけど?ご自分の名誉が大事でしたらそのゆるくて臭いお口、きつく締められたらどうです?」
「すいませんっでしたァァアアア!!このキャッシュカードお好きなだけお使いくださいィイイイ!!!お邪魔しましたァア!」

顔面を涙やら鼻水やら鼻血やらでグチャグチャの液体まみれにした吉蔵さんがキャッシュカードをサッと置いて転げるようにしてお店を出て行った。クレジットじゃないのかよ。

「あらあら名前ちゃんったら。折角の指名客を縮こまらせちゃって」
「見た?あの無様な逃げっぷり。途中から動画撮っといて大正解だったわー」
「…お妙ちゃん、おりょうちゃん」

振り返るとそこにはお妙ちゃんとおりょうちゃん。おりょうちゃんといったら持っていた携帯で動画を撮っていたらしく笑いを堪えている。

「いいのよ名前。アイツうちのキャバ嬢みんなが嫌がってた客だし。出禁にさせる前にアンタが追っ払ってくれて丁度よかったわよ」
「それにさっきの…銀さんのこと、庇ったのかしら?フフフ」
「…別にそんなんじゃない」
「最近アンタにお熱なんでしょ?あの天パ。実際のところどうなのよ?」
「あー片付けしなくっちゃー忙しい忙しい!」

お妙ちゃんとおりょうちゃんの茶化しをすり抜けて悲惨な現場となったテーブル席を黒服さんと片付けに入る。
お妙ちゃんが手伝うとは言ってくれたが、彼女もまた接客中だろうからそこは遠慮して席に着いてもらうことにした。


「…ですって、銀さん」
「んー?なんか言った?」
「フフフ、聞いてたクセに」

フロアの一角で銀さんがグラスを傾けていることも気付かずに私はせっせと割れたお皿やグラスを片づけているのであった。


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