酒は呑んで呑まれても酔っ払いには呑まれるな

◼︎


「はいはい万事屋銀ちゃんでーす。こんな時間にかけてくんな常識わきまえろコノヤロー」

夜中の0時ごろのことだ。突然家の電話が鳴って、布団から出る気がしねェからこのまま居留守使おうかと思ったのだが、以前神楽にボコボコにされた事を思い出して仕方なく電話に出た。

「あらあら銀さん。常識なんて18歳までに身につける偏見のコレクションのことですよ」
「じゃあ19になる前に沢山偏見を蓄えとけ。お前ならできるメガネの自慢のゴリ、いや、姉だからな」
「まぁ嬉しい。お礼に卵焼き持って銀さんに奇襲かけに行くことを常識として身につけようかしら」
「すいませんでした。ご用件は如何でしょう?」

なんでもやる万事屋だが流石に夜中に働きたくねーよ。ほんと勘弁して。

「名前ちゃんの様子を見に行ってもらいたくって。今からでもお願いできないかしら?」
「は?どういうこと?」
「今日スナックで松平様がいらっしゃったのだけれど、名前ちゃんまた随分飲まされちゃって…。1人で帰れるってフラフラしながら帰っていくもんだから、ちょっと心配で…」
「…あーそういうこと、りょーかいりょーかい」
「くれぐれも酔っ払った状態の名前ちゃんを、くれぐれも襲ったりしないでくださいよ銀さん」
「くれぐれうるせェな。流石に酔っ払いに手ェかけるほど人間落ちぶれちゃいめェわ」

「じゃーな」と伝えると電話を切って着替えた。



「名前…帰ってんのか…?」

部屋の前に来たのは良いものの、明かりは全く点いてねェもんだから、家主がいんのかどうかわかりゃしねェ。

ダメ元でドアノブに手をかけたら、扉はすんなり開いて頭を抱えた。

「マジか」

玄関の草履を確認すると、乱雑に脱ぎ捨てられたものが一足分。いんのか?
廊下の先にある居間部分の襖を開くと、ベッドの脇に上半身だけうつ伏せてベッドに身を預ける名前の姿。

「…鍵開けっぱなしで寝てたのかよお前…」

思わず呟いた一言は名前の耳には届いてないようだ。そんぐれェぐっすり眠りに入っちまってるらしい。
相当あのおっさんに飲まされたか。

「…ちゃんとベッドで寝ねェと身体痛めんぞ…」

スナック帰りのまんまなのか、タバコと酒の臭いが付いた名前の身体を抱き起こし、とりあえずそのままベッドに寝かせる。

そこで、気づいて俺ァまた頭を抱えた。

「……はぁ」

お前、まさか着替えようとして眠りこけた?

さっき抱き起こして寝かせただけにしては、やけに着物の乱れが多いなと思ったら、そもそも帯はゆるゆるだし、着物の合わせ目なんか…ほら、もう、アレよ、肩とか鎖骨とかモロ出てんの。あれ、女子の肩紐がこんにちはしてんだよ。いや夜だからこんばんはか。
なんつーかな、健全な男子には目に毒っつーか、いや、毒じゃねェんだけど、寧ろ媚薬というか麻薬に近ェレベルなんだけど、色々やべェ状況に立たされている。
据え膳食わぬは男の恥とも言う。あれ?据え膳じゃない?俺が勝手に惑わされてるだけ?

着替えさせてェのは山々だが、その、銀さんの銀さんが大パニックになるっつーか。いやもう軽くパニックになってっけど。

「ん、」

お願いだから色気ある声出すのやめてくんね?あれ、なんか涙出てきた。

「?」

カーテンの隙間から差し込む月明かりが名前の白い肌をくっきりと照らし、肩にある傷痕に目がいった。

「…こいつァ…」

肩口に引っかかっている着物を少し広げるようにして名前の肩を撫でると、滑らかな肌に似つかわしくない痛々しい古傷の痕がそこにあった。よく見れば二箇所、刃物で刺された痕。

…兄貴にやられたやつ、か。

ゆっくり親指の腹で撫でてやると、くすぐったいのか名前が身をよじらせる。
それを見ていたら気付けばその傷痕に唇で触れていてた。傷痕の凹凸を確かめるようにして唇で撫でる。傷自体はもう塞がっているが、この傷を負った時の痛みを思い出したときに少しでも和らげれば、なんて柄にもねェことをぼんやり考えた。
本人は無意識だろうが、たまに自分の肩を撫でるクセがこいつにはある。

「んんっ、」
「…わり」

またくすぐったがった名前がピクリと動くのだが、残念なことに銀さんちょっと止まれそうにねェ。傷痕から鎖骨の骨を伝い、首筋、耳、目元と順番に触れていく。
少し顔を離して名前の寝顔を見る。気が緩んでいる証拠なのかうっすら開いている唇に親指で触れる。やべ、これもう…

「ぶべらっ」
「うーん、ジェイコブルネッサンスモンステラキャサリンビクトリーうるさいよ静かにしてー」

見事な右ストレートが顔面に食い込んだ。

え?それ誰?ペット?



「ん?」

朝日の眩しさに目が覚めた。あ、今日バイト!とはね起きるも、昨日はスナックすまいるの仕事入れてたから今日は休みにしてたことを思い出して頭を抱えた。昨日…そうだ。松平様が来たんだった…。

…頭いたい。水でも飲もう。

「ぐあっ!!?」
「…は?」

足をベッドから降ろして立ち上がろうとするとその足元から悲鳴が聞こえてきた。
床にしては柔らかい感触にぎごちなく下を見やると、見覚えのある銀髪の和洋装男の姿。

「アレ」
「…おはようさん名前」
「え、え、えぇ!?」
「あー、その、セクシーな肩と脚しまってもらえる?」
「えっ!?え!?」

ボサボサの髪を掻きながら大きい欠伸をする銀さんに言われて自分の格好を見返すと長襦袢で、寝相が悪かったのか合わせ目が崩れてしまっていた。慌てて身なりを整える。

て、いうか、な、なんで!?

「え?お前覚えてねーの?昨日の夜」
「…な、なんのこと、ですか?」
「ひっでー話だなオイ」

待て待て待て待て。思い出せ名前。昨日バイトの後なんとか自力で帰ってきたはず。銀さんに会うなんてこともなかった。
ニマニマ此方を見て笑う銀さんの顔色を伺ってみる。機嫌が悪いわけでもなさそう。と言うことは、からかってる?でもなんでここに…

…ん?よく見たら顔腫れてる。

「襲ったら襲いかかられた」
「自業自得だバカヤロー」

枕元にあった時計をぶん投げた。



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