今後の生活が不安です。
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「あー疲れた疲れた。名前ちゃん、銀さんにお茶淹れてやってくれる?」
「はい」
店の鍵を開けた店長に続いて私と銀さんもお店の中へ。どっかりと適当な椅子に腰かけた店長はかったるそうに顎にある笠紐を解いた。
「や…名前ちゃん足痛いでしょ?お構いなく…」
「え?名前ちゃんどうしたの!?」
「あーっと…ちょっと不注意で怪我しちゃって…でも、大丈夫ですよ」
「茶はいいから座っといてくれ。俺やるわ!」
お茶を出そうと厨房に向かおうとしたら店長によって強制的に座らされることになった。
「どっちかっつーと茶よりも説明の方が欲しいんですけど」
「ん?銀さん知らなかったのかい?なんでぃ、万事屋が聞いて呆れちまうねぇ」
「うるせーな勿体ぶってねェでさっさと言えクソジジイ」
「そう急くなって」と笑った店長は銀さんにお茶を出すと懐から一枚の紙を取り出し、それを銀さんに渡した。
「俺ァ実家がこういうモンよ」
「…縁寺…?」
銀さんが読み上げた「縁寺(えんじ)」とは店長のご実家のことだ。このお店の縁という名前も、ちゃんと店長本人から聞いたわけではないが、きっとご実家のお寺の名前が由来なんじゃないかなと勝手に思ってる。
「…まさか寺の住職なんてバカげたこと言わねェよな?」
「だっははは!まっさか!見ての通り俺ァただの蕎麦屋の店主さ!…ただ、副業でちと除霊師ってモンもやってるだけよ」
「じゃあ何?親父は視える人間ってことかよ?」
「いんや、俺ァ視えねェよ。ここらで視えんのは名前ちゃんだけさ。あれ?名前ちゃん、銀さんには言って良いんだっけ?」
「…あ、ハイ…もうご存知です…」
どいつもこいつもお口がふんわり軽いようで。なんでこう、すらすら視えること言うかな。
「大体寺の人間ってのはな、経を唱えて仏さんを成仏させるだけが仕事なワケよ。見えようが見えなかろうがな」
「ある意味詐欺じゃねーの。しょっ引かれても知らねーぞ俺ァ」
「ははっ、言ってくれるねェ銀さん。残念だが頼みごとをしてくるのはあちらさんの方だからなァ。俺ァ頼まれりゃァやるだけよ」
「え?ちなみに本物なの名前ちゃん?」
ずい、と近寄る銀さん。確かに胡散臭い気持ちはよく分かる。蕎麦屋の店主が実は除霊師でーすてへぺろなんて展開誰が信じられるだろうか。
「店長は除霊師としての力はちゃんとあるんです。…ただちょっと、力が強すぎるっていう難点があるだけで…」
「…なるほどな、強制的に成仏させるのにはもって来いってことか」
「そういうことです…」
一度店長の仕事に着いていったことがあるのだが、その除霊っぷりの凄さといったらもう…。例えるならすね毛ボーボーの足にガムテープをしっかり貼って、それを一気に剥がした時のような悲鳴を霊達がこぞって上げるのだ。え?わかりにくい?
とりあえずそのくらい酷い悲鳴が上がって、正直こちらは聴いちゃいられないのである。
「普段は実家の連中がやってるんだが、あんまり酷い体質の場合のみ俺がやることになってんのさ」
腕前こそ確かなのだが、文字通り強制除霊となってしまうワケだ。成仏するのに駄々こねてる霊は皆んな強制除霊しちゃえば良いと思うのだが、実は強制除霊は除霊師への身体的精神的負担がものすごいらしい。これ店長談。
私はとにかく原因を探ってみて解決できそうなら解決して成仏する手段を取ってもらっているから、なにも影響はない。だから、今まで色々自力で解決してこれたのは本当に偶々なのだ。
「俺に回ってきた時だけ一度名前ちゃんに視て対処してみてもらって、それでもダメそうなら俺がやるって感じよ」
「ふーん」
ずず、と銀さんがお茶を啜った。きっと銀さんの中ではイマイチピンときてないに違いない。
「そもそもな話、名前ちゃんはなんでまた蕎麦屋で働いてるワケ?そんだけ視える聴ける能力ありゃぁ一人で商売していけんじゃねェの?」
…やっべ、ここでその話振ってくれます?赤い瞳にじっと見つめられて返答に迷う。
「さ、流石に胡散臭い商売じゃあやっぱり生活していくのは大変と言いますか…!」
「名前ちゃんにゃ何度か世話になったが…除霊能力は一級品じゃねェか」
「か、買い被りすぎですよ!ほんと、今までのは偶々運が良かっただけで…!」
「ははっ、銀さん相当名前ちゃんのこと気に入ってんのな!」
「うるせーな茶化してんじゃねェよ」
「ったく、どいつもこいつも惚れた腫れただのうるせェな」とぶつくさ言いながら銀さんはお茶を飲み干して立ち上がった。
「ま、またなんかそれ系の面倒くせェ案件きたら頼ァ」
「俺の場合は除霊金かかるからよろしくな!」
「何がよろしくだコノヤロー。ったく、じゃあまた来るわ」
「おうよ!」
「あ、あの!万事屋さん今日はありがとうございました!」
「おー。足、気ィつけろよ名前ちゃん」
ひらひらと背中越しに手を振りながら銀さんはお店を出た。店長がお茶を飲んでひと息つく。
「…いつの間に銀さんに知られてたんだい?」
「はは…ちょっとボケーっとしてたらバレました」
「名前ちゃん抜けてっからなー。だっはっは」
まさか、「偶然キスして銀さんも視えるようになっちゃって、それで知られました」とは言えまい。そんなこと言ったら店長に根掘り葉掘りそれはそれはもう楽しそうに聞かれるに違いない。
「その怪我もか?」
「…はい。ちょっと気になることがあって真選組の所にお邪魔してみたら結構強いのがいまして。店長に頼もうと思ったんですが、なんだかんだ解決しちゃいました」
「もー、言ってくれれば俺やったのにー」
「今後困ったら速攻呼びますんで、すぐ来てくださいね」
「おー。あ、やっぱ夜中はやめてね。夜更かしは肌に悪いし」
「乙女かアンタ」
店長は膝をぱん、と叩くと「着替えるかァ」なんて呟きながら立ち上がり、店の奥へと進んでいった。私はお茶でも片付けるか。
「名前ちゃん」
不意に店長に呼び止められて手が止まった。
「はい?」
「あんまり無理しすぎんじゃねェよ。アンタは俺にとって娘同然なんだ。怪我して帰ってこられると心配で仕方ねェし、なにより死んだカミさん…お珠に叱られそうだしよー。だっはははっ!」
「…ありがとうございます、店長、お珠さん」
私と店長はお店の天井近くにある壁面を見上げた。そこには小さな位牌と古びた写真がある。
店長の奥さんのお珠さんだ。
「今日も見守ってくれてありがとうございました」
「明日もよろしくな、お珠!」
お店長と私を引き合わせてくれた、縁のきっかけの人である。
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