少し昔話をするのには充分な時間だった。

◼︎


「…?」

目が覚めたら真っ白い天井だった。…そういや昨日…名前を万事屋から家に送ることになって……そんで……!

……名前!?

「いっでぇ!?」

昨夜の出来事が脳裏に浮かんで、反射的に起き上がると身体のあちこちが痛んだ。

「バーカ、何やってんだオメー」
「…!その声…!」

隣から聞こえてきた声にカーテンを開けると、隣のベッドにゃ縁の店長。やっぱり夢じゃねェらしい。

「生きてたかよ…クソジジイ」
「おー。おかげさまでな」

どうやら俺も店長も病院に担ぎ込まれたらしい。珍しく傷の多い自分の身体に一瞬違和感を感じた。あり?鈍ったか?

…いや、違ェ。そうじゃねェ。

「…!」
「どうした、何か視えるかよ」
「…いや、…なんでもねェ…」

ぐるりと辺りを見渡すが、"何も視えなかった"。

「…夢かと思ったが…夢じゃなかったのか」
「…?なんの話だ?」

無意識に自分の口元をなぞった。暗くなった病室、俺のベッドのすぐそばに立っていた名前。

その後に言っていたセリフ。

「"やっぱり元の世界に戻らないと"」
「!」
「知ってんだろ、店長」

見なくたって分からァ。一瞬だけ店長が身体を強張らせたことぐらいな。



「どういうことか教えろ」



目が覚めたかと思いきや勝手に色々自己解決し続けた銀さんが最後に言い放った一言に俺ァたまげたね。

名前ちゃんが、そんなことを言ったのか。いや、恐らく銀さんが寝ていると思ったところで呟いた一言かもしれねェな。

「…こんなこと言っちまったら、また怒られるかねェ」
「勿体ぶんのはいい加減やめろ」
「…名前ちゃんはな…」


俺ァ昔話をさせてもらうことにした。


あれは、半年ほど前のことだったかねェ。

病弱のカミさん…お珠が亡くなってから一年が経った頃。趣味で作っていた自前蕎麦が好きだったお珠のために、蕎麦屋を始めた。

だが如何にもこうにも店は上手く回らねェ。経営が厳しい最中で利き手じゃねェ方の手を怪我しちまって、蕎麦もまともに作れない日が続いた。

なんでこうも悪運が続くのか、お珠も亡くした当時の俺にはかなり堪えた。

その時の主な収入源はこの店だけだったから店だけは開け続けるしかねェわけで。片手だけじゃ料理すらまともにできねェからダメ元で「バイト募集」と「給料払えるかわかりません」とすげー小せェ字で店の外に貼り紙することに。


「ーーご、ごめんください」

「へい!いらっしゃい!」
「あっ…と」

貼り紙をしてから数日後。

その頃に名前ちゃんと出会った。黒い見慣れない洋服に身を包んだ名前ちゃんは、恐る恐るなにかを窺うようにして店の中に入ってきたのを今でも覚えてらァ。

「…バイト募集してるって書いてあったので…」
「あぁ!見てくれたのか!」
「はい…。でも、ここ…大丈夫ですか…?」
「…は?」

店内を怯えるようにして見渡す名前ちゃん。そんときゃァ本気で宗教紛いの勧誘かと思ったねェ!

「どういうことで?」
「…あの女の人が、今すぐ先祖の墓参りに行けと…怒りながら言ってるんですけど…」
「…はァ?」
「あぁぁぁ!ですよね!なに言ってるんですかね私!…え?おたま?おたまってなんですか?」
「!!」
「う、わ!?」

名前ちゃんは、俺ではなくて俺の少し横を見て「お珠」そう言った。思わず名前ちゃんの肩を荒々しく掴む。

なんで、どうしてだ!?その時はパニックになったさ。

「お珠が…!お前さん!お珠が見えるのか!!?」
「…え?あ、ハイ…!」

なんだ、側にいてくれてたのか。と泣き崩れた俺に名前ちゃんも一緒になって屈んでくれた。

「…あの、信じてくれなくてもいいんですけど、良かったら聞いてくれませんか?お珠さんが…貴方に伝えたいことがあるみたいなんてす」
「…お珠が…?」

すっと息を吸った名前ちゃんが一瞬だけお珠の姿と重なった。

『独りにしてごめんなさい』

『貴方、私がいないと本当に駄目だものね』

『だから、死んだ後も貴方のことずって見ていてあげるわよ』

『そうね、位牌は仏壇なんかじゃなくてお店の高いところに飾って頂戴』

『厨房が見えるところね』

『私は看板娘でいいかしら』

『お供え物、蕎麦で良いけど、たまには天ぷら蕎麦頂戴ね。私海老が良いわ』

お珠が言ってることを復唱しているのだろう。名前ちゃんは間を開けながらそう言葉を紡いだ。

嗚呼、間違いねェ。お珠だ。
こんな図太いような事言えるのはお珠、お前しかいねェよな。俺が作った天ぷら蕎麦の海老天が好きな女だったもんな。

「…っ…!!」
『姿声は見聞きできないかも知れないけど、あんたのそばにいてあげるから、しゃんとしてなさい』
『縁(えにし)…ご縁をとにかく大切にするんだよ』
「…だそうです」
「あぁっ…ありがとう…!ありがとうお珠っ…!!」

その時は見ず知らずのお嬢ちゃんの前でってェのも忘れて名前ちゃんの前で泣いた。

俺が落ち着いた頃に名前ちゃんと一緒に俺の祖先が眠る墓に一緒に同行してもらうことにした。今思えば不思議な話だ。知り合って間もねェ子と。

「どうやら、お珠さんという方。店長さんの悪運をどうにか断ち切らせたくてこの世に彷徨っていたみたいです」
「そうだったのか…」
「…なんだか、すみません。見ず知らずの人間がこんな胡散臭いこと」
「いや…胡散臭くなんかねェさ。お嬢ちゃんは本当にお珠に会ったんだ。…そいやァお嬢ちゃん名前はなんていうんだ?」
「苗字名前と言います。あの、それから私、」
「?」
「−−−−−」



「…で、そのあとなんて言ったんだよ」
「…あァ、なんだっけかなァ忘れちまったよ。歳かねェ」
「そこが大事なところだろうがコノヤロー」

そう言いながら銀さんはいつもの黒い服に着替え、いつもの着流しに袖を通す。病室の扉が開いて、チャイナ服を着た銀さんとこの子どもが飛び込んできた。

「!ぎ、銀ちゃん、動いて大丈夫アルか!?実は名前がどこにも…!」
「おー、この包帯大げさだっつーの。悪ィけど神楽、このジジイのお守り頼むわ。俺ァあの馬鹿回収してくらァ」
「でも…!」
「大丈夫だ、次はヘマしねェ。…絶対にな」
「…次の回診までに戻ってこいよ銀さん」
「おー」

そう言って白いお侍さんは腰に木剣を挿しながら病室を出て行っちまった。


「この世界の人間じゃないんです…!」


ふと不安そうにしながらもそうハッキリと言った名前ちゃんの顔を思い出した。


「老いぼれももう少し頑張らねェとな」
「…何か言ったアルか?」
「いんや、独り言さ」


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